アラ還でも、恋をしていいですか?
「新しい…お店?」
なんのことかわからずつぶやくと、あっ、と敬一くんが小さく声を漏らした。なんだか気まずそうな様子に、静香さんはそれ見たことか!と言わんばかりに得意げになる。
「なあんだ…やっぱり敬一、教えてなかったんだ」
静香さんが丁寧に教えてくれる……残酷な真実を。
「敬一は以前から言ってたわ。“おばあちゃんが作っていたようなメニューを出す素朴なお店を作りたい”……って。でも、なかなか作り手のアテがなくて難航してたのよ。そんななか、“やっと理想の人を見つけた!”…って。すごく嬉しそうだったわ。長年夢見たお店を出せる目処がついたんだもの。そりゃあ、嬉しいでしょうし媚も売るでしょう。なにせ、スカウトしなきゃ新店舗の計画が頓挫しちゃうものね」
「スカウト…私を?」
「そうよ!敬一は会社のため新店舗を出す企画をなんとしても通したくて、あんたに甘くしたの!うぬぼれないで!」
ガン、と金槌で頭を叩かれたようだった。
ぐわんぐわん、と頭のなかに痛みが響く。胸がひび割れそう……でも。
私は、静かに首を横に振る。
そして、するりと敬一くんの腕から逃れて彼を見返した。
「敬一くん、あなたがどんな目的で私に近づいたとしても……私には、夢のような楽しい時間だったわ。私には親しい人も身内もいない……主人とは最初から愛がない結婚で子どもも友人もいない寂しい私の味気ない毎日を……太陽のように照らしてくれたわ…ありがとう。老い先短い老人に…楽しい思い出を、本当に、ありがとう……」