アラ還でも、恋をしていいですか?
「納得できないなら、来てください!静香も一緒に」
珍しく怒ったような敬一くんに手を掴まれ、抵抗できないまま連れて行かれた先は隈崎家。
それでも、敬一くんは私の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれていて。改めて、彼の細やかな気遣いを嬉しく思う。
そして客間には珍しく章がいて、心臓が嫌な音を立てる。向かい側には60代くらいのダークスーツ姿でメガネをかけた男性が座っていた。
「はじめまして、わたくしは藤野家弁護士の葛西(かさい)と申します」
丁寧に一礼して名刺を差し出してくれた彼が名乗ると、章は突然喚き出した。
「おい!いきなりなんだ弁護士とは!おれを、S社の重役にスカウトする話じゃないのか!!」
なるほど、と納得した。いつも家を不在にする章が在宅していたのは、スカウト話で釣っていたから。昔からそうだ。章は自分が有能で他は馬鹿だ、と見下し虚仮にする傾向がある。
「残念ながら、今のあなたを使いたい人間はいませんよ、隈崎 章さん」
私の隣に腰掛けた敬一くんは、そうきっぱりと言い切った。
「な…!なんだこの若造は!」
「ご挨拶が遅れました…藤野敬一と申します。S社の主任をしています」
敬一くんは律儀に名刺を差し出して挨拶したのに、章はその肩書きを見てふん、と鼻で笑うと明らかに侮蔑する目に変わった。