崖っぷち王子、妻を雇う

「おい、聞いてくれよグレイ!!うちの団長の腕前も相当だが、この女の叔父上とやらはそれ以上だぞ。あの人間離れした動きは野生の猪そのものだった!!」

「西方騎士団の団長を猪に例えるなんて無礼ですよ。よその騎士団で厳しく鍛えて頂いてもあなたの減らず口は全く直りませんでしたね」

嬉々として語るキールに対し、グレイはピクリとも表情を変えずに言い返した。

「ばっか!!ふざけんなよ!!俺の苦労も知らずにレジランカでのびのび留守番していたくせに!!」

キールはそう言うとおもむろにグレイと肩を組んだ。

「貴方が押し付けてきた仕事をこなしていた私に言う台詞ですか?」

「なにを!!こいつめ!!俺だって結構大変な目にあったんだぞ!!見ろこの名誉の勲章を!!」

冷たくあしらわれてもめげずに己の腹にある青痣を見せつけると、グレイは露骨に眉をひそめた。

「早くしまってください」

もちろん2人とも本気で言い争いをしているわけではない。互いの健在を確かめる恒例行事のようなものである。

「まあまあ2人ともそれくらいにしておけ。キール、ニキ殿、疲れているところ悪いが演習の報告書は早めに提出してくれ」

「承知致しました」

未だにじゃれ合っているグレイとキールを無視するように、ニキだけがかしこまって返事をした。

ラルフは場をとりなすように、コホンと咳ばらいをした。

「……本題に移ろう」

ただならぬ様子を察し、キールとニキは即座に襟を正した。先ほどまでほのぼのとした雰囲気は霧散し緊張が走る。たったひとつの咳払いで場を制する。これがレジランカ騎士団団長の力である。

「例の件、ご報告させて頂きます」

「いや、待て。それもあるが……」

口を開きかけたキールの言葉をラルフが途中で遮った。先の展開が読めているグレイは敢えて知らんふりをした。ラルフは真顔で言った。

「……女性に何を贈ったら喜ばれると思う?」

突拍子のない発言に、しばし沈黙が訪れる。

キールは目を丸くし、ニキは途方に暮れるようにグレイへ助けを求める視線を送った。グレイは苦虫を嚙み潰したような渋い顔つきになっていた。

演習地から戻って来たばかりの二人はレジランカにまことしやかに流れている噂のことなど露とも知らない。

「女性と言いますと……お母上や妹君に贈るのでしょうか?」

ニキは念のため律儀に確認した。

「母上とエミリアからは私は贈り物の趣味が悪いと散々言われていてな。何か贈る場合は事前に渡されている一覧の上から順番に贈ることになっているのだ」

「なんすか、その残念な情報は……」

キールがここぞとばかりに茶々を入れる。

「あの……それでは、どなたに贈るおつもりですか?」

親族以外の女性の誰に贈るか、また物を贈る理由に見当がつかず、ニキは困ったようにラルフに尋ねた。

悲しいことに長年の戦友とも呼べる騎士団の面々の誰からも恋人の存在を想像してもらえない。
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