崖っぷち王子、妻を雇う


「あ、もしかして女でも出来ました?」

キールはレジランカ中の誰もが聞けないことをあっさりと聞いた。

さすが色恋沙汰に精通している副団長である。いくら相手が朴念仁のラルフといえども、ここまで聞いたらピンときたらしい。

グレイは内心よくやったと喝采を送った。これまでの数々の失態を帳消しにしてもいいくらいの大手柄である。

「あ、いや……。私としてはそういう関係を望んでいるのだが……彼女自身はどう思っているか……」

「あーもういいっす。充分わかりましたから結構です」

他人の惚気話、ましてや自分の上官の惚気話などこれ以上は聞くに堪えない。

ラルフ以外の3人は深入り禁物と互いにそれとなく目配せしあった。

古今東西、人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死んでしまうという。

3人とも余計なことを言った挙句に自分だけ死ぬような羽目になりたくないと思っていた。

これまでの経験上、ラルフが王子にとって最適と思われる相手を選ぶわけがない。

ラルフ自身も相当な曲者だが、そのラルフが惚れるような相手も相当なものだろう。端的に言えば普通の女性ではない。

下手な忠告でもして2人の仲に水を差すような真似でもしたら、後から誰に何を言われるかたまったものではない。

歴戦を共に戦ってきた同志達は互いの意思を確認し合うと、自慢の連携技を繰り出した。

「そうですね……。若い女性に贈るなら流行りのアクセサリーや小物なんか喜ばれるのではないでしょうか?」

誰が口火を切るか目配せしあった結果、女性を代表してニキが先頭に立った。

「まあ、確かにそれも良いとは思うが……。彼女は私の知る貴族の婦女子とは少し感性が異なる女性でな」

「ニキ、普通じゃない貴族令嬢代表として、自分が今一番欲しいもの言ってみろよ」

「そうですわね……。鎧用の高級磨き油ですかね……。あと、新しい投げナイフも欲しいですわ!!この間、熊を仕留めるのに失くしてしまったので」

熊を仕留めようとする女はお前ぐらいだとニキに忠告したい気持ちをぐっとこらえ、キールは笑顔を顔に張り付けた。

「団長、この通り女性の好みというのは千差万別です。もう少しそのご令嬢のことがわかる手がかりを頂けますか?例えば好きな物や得意なことです」

「そうだな……。彼女が字が綺麗だ」

キールはほほうと大仰に相槌を打った。ラルフがマリナラとやり取りしたのはキールが想像するような恋文などではなく、1億ダールと引き換えにした婚姻契約書である。

「それでしたら、文具を差し上げたらいかがでしょうか?玉石街には質の良い文具屋はいくつもありますからね」

「おお。それは良いな、そうしよう!!2人とも、ありがとう。助かった!!」

3人ともキールの提案を受け入れたラルフにそれ以上何も言うことができなかった。

団長室を後にし人気のないところまでやって来ると、キールとニキはグレイに詰め寄った。

「グレイ!!何があったのか一から十まで全部話しやがれ!!」
「私達が留守にしている間に一体何が起こりましたの!?」

胸倉をつかまれたグレイは振り絞るように告げた。

「私にも分からない……」

その夜、コソコソと玉石街に繰り出すラルフの姿が巡回中の団員によって目撃されたのであった。
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