崖っぷち王子、妻を雇う

翌朝、夜明けと共にラルフとマリナラは別宅に横づけされた馬車に乗り込んだ。

レジランカから離宮まで行くとなると、馬車だと丸一日はかかる。

ラルフがロンデに騎乗し単騎で行けばもっと早く着くが、女性を二人同伴するとあって今回はアサイルに馬車を借りた。

アサイルの馬車はリンデルワーグで最も乗り心地が良いと評判である。

身体に負担をかけないよう、耐震性を重視されており、座面に敷かれているクッションもこれでもかと分厚く、いつでも足を伸ばせて寝られるよう馬車の中も広々している。

特別仕様は馬車だけに限らない。馬車を引く馬も体力があり性格も従順な選りすぐりのもの達である。

そして、何よりも目立つ特徴は至る所に施されたリンデルワーグ王家を表す竜の紋章である。

剣を抱く二対の竜の紋章はリンデルワーグ王国に古く根ざしている伝承が由来となっており、建国以来モチーフが変えられたことはない。

……その伝承のせいで次兄のサージェスは竜の存在を確信し出奔したのである。

もちろんサージェスを探すようにエルバートから命じられたのはラルフを筆頭とするレジランカ騎士団の面々である。

余計な仕事を増やされ疲弊する団員達から恨みがましい目で見られ、あの時ばかりは針のむしろに包まれたような気分に苛まれた。

王家の紋章を誇示することはあまり好きではないが、文句ばかりは言っていられない。

王家に縁がある馬車ならば、関所で止められる心配もないし、荷物を検められて時間を食うこともない。

丸一日かかる離宮までの道のりを少しでも短縮するための苦肉の策である。

ワレンズ侯爵家の別宅に到着すると、馬車はゆっくりと止まった。

玄関先では既にエミリアとニキが待っていた。エミリアはラルフの婚約者と初めて対面するとあって、みるからに緊張していた。

マリナラはドレスの裾を引き上げながら、ゆっくりと降り立った。

「マリナラ・レインフォールと申します」

「エ、エミリア・リンデルワーグと申します!!」

にっこりと微笑むマリナラを見てエミリアはあまりに優雅な仕草にほうっとため息をついた。

「あの……気が早いとは思いますが義姉上とお呼びしてもよろしいでしょうか?私のことは気軽にエミリアとお呼びください」

「何と呼んで頂いても構いませんわ、エミリア様」

マリナラが右手を差し出し握手を求めると、エミリアは慌てて応じた。

「こちらが例の団長の婚約者様ですのね〜」

「朝が苦手なニキ殿までいるとはな。見送りはいらんと言ったはずだが?」

「まあまあ、そうおっしゃらずに〜」

エミリアに付き添っていたニキの目的はひとつしかない。この変わり者の団長と婚約したマリナラを一目見ることである。

「初めまして。レジランカ騎士団で部隊長を務めております、ニキ・ワレンズと申します。そうですね……。マリナラ様はなんというか……」

ニキはふむふむと頷きながらマリナラの顔をしばし凝視した。そして、不思議そうに首を傾げた。

「……歴戦の戦士のような眼差しをしておりますわね?」

「すまんな、マリナラ殿。彼女は独特の感性を持っているのだ」

ラルフはニキをマリナラから引き剥がすと、2人に馬車に先に乗るように指示した。

「妹が世話になった」

「道中お気をつけください」

ニキは去りゆく馬車に深々と礼をしたのだった。
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