しづき


やってしまったと頭を抱える。



「ごめんなさい…ちょっと……」



ちぎれそうなほど髪をわしづかみ、その痛みでどうにか記憶を封じ込めようとする。



のに、まったく消えてくれない


私の、前の──恋人。



「ごめんなさい…なんでもない、です」


「汐月…震えてる」



白の腕が肩にまわってくる。



「寄りかかって、ぼくに」


「いや、ほんとに…」


「いーから」



荒くなる息を必死に整えようとする。



白の腕に支えられながら、ポスンと胸に体をあずければ、優しい石けんの匂いに包まれて。



「大丈夫、大丈夫。ぼくがいるからね」



子守唄みたいな白の声に、じんわり涙が浮かんでくる。



勝手に、口が唇が、動いてしまう。


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