しづき


「幼い頃、お父さんとお風呂に入っていた時期があるんです。ちょっとその時のこと、思い出しちゃって…」



「すみません」と続ければ
白は黙ってそのままでいてくれた。



誘拐犯を父親に重ねてしまうなんておかしな話だ。
けどしかたない。



お父さんとの希薄な思い出をこうしてよみがえらせたのは、きっと白の愛を受けていたからだろう。



愛はその意味を知らないと「愛」と認識することができないのだと知った。



ヘンタイなのに、温もりばかり与えてくるから



少しだけ欲張りになってしまった。



しばらく大きな背中に抱きついていると、遠慮がちに腕に触れられる。



「し、しづき…」


「はい?」


「あのさ…そろそろいーかな。
ぼくいろいろと限界なんだけど…」



珍しく切羽詰まったようなトーンだった。



「あと10秒ダメですか?」


「ええもう…かわいい。でもごめんむり。
10秒あったら襲っちゃう」



その言葉を聞いて、あ、と思った。



すぐにからだを離してあげる。



「しろ…」


「話しかけちゃだめ。
声だけでも理性死にそーだから」



そう言って、こちらを見ようともしない白。



濡れた髪からのぞく耳は真っ赤だった。


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