しづき


ぼくが振り返ると同時
愛する汐月が洗面所に駆けてきた。



焦りの滲んだその顔がどうしようもなく愛おしい。



その姿を見ただけで傷の痛みなんか吹っ飛んでしまう。



「しづ…」

「白!!」



小さな体が思いきり抱きついてきた。



汐月の甘い香りがふわりと広がる。



あ…死ぬ。



汐月はぼくを見上げて、眉を下げながら、それでもどこか安心したように


「よかった…」


とつぶやいた。



泣きそうになる。
神様、汐月をこの世に生み落としてくれてありがとう。



今まで汐月がこんなふうにぼくの名前を呼んでくれたことがあっただろうか。



くらくらしながら愛する存在に目を合わせる。



「おはよう汐月…
えと、とりあえず…ごめんね?」



その綺麗な体をぼくの血で汚してしまって。



すると、汐月の顔色が変わった。



今度はちょっと怖い。怒った時の表情。



「白…昨晩、何をしてきたんですか?」


「え…?」


「夜中に出かけて、帰ってきたと思ったら血だらけで。手当するの大変だったんですからね。心配したんですからね」



……うーんと



「どーゆーこと?」



そう言うと汐月が
「とぼけてるんですか?」と
顔を近づけてきた。



あぁかわいい…じゃなくて。



「昨晩…ぼく出かけてたの?」



問うぼくに、汐月はうなずいた。



ひとつ言えることは、端的に記憶が無い。



これはおそらく、きちんと聞いた方がいい事案だ。



「よし、まずはいったんこの怪我をどーにかしてから話そっか。詳しく教えてほしい」



汐月の手を引いてベッドまで連れていった。



そのあとぼくは早急に1階まで上がり、傷の処置を済ませた。



気になったのが
汐月の「まじかこいつ 」的な表情。



あれなんだったんだろう…


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