しづき



「な、なんですか、その顔は」


「いや…。汐月、ぼくの名前なんか
キョーミなさそーだったから…」



「…キョーミなんかありませんよ。
でも、これから一緒に生活していく中で
名前を知らないのはあまりにも不便というか…」




キョーミないなんて言ったのに
男は「そっか」と嬉しそうに笑った。




「ふふ、わかった。ぼくの名前ね
ぼくは───」




そこまで言って、不自然に男の言葉が切れた。




「?…どうしたんですか」


「いや。ちょっと忘れちゃったなーって」


「はい?」




聞き返しても、男は困ったようにうーんと首をひねるだけ。



自分の名前を忘れるって…そんなことある?


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