たとえ運命の番だと告げることが許されなくても、貴方の側に置いてください……
「いやぁァァ!」
まだ薄暗い私室のベッドから悲痛な叫びと共に飛び起きた藤堂ひまりは悪夢の残滓で震える手で羽織っていた肌触りの良い毛布をきつく握りしめた。
荒い呼吸を繰り返して不安と嫉妬に痛む心を抑え込む。
ポロポロと頬を伝い落ちる涙は、ひまりの意思をあざ笑うかのように毛布にシミを作っていく。
オメガであるにもかかわらず、運命の番である筈のアルファの側にベータだと第二の性を偽ってまで側に侍る選択をしたのはひまり自身だ。
こうなるとわかっていたはず、それでも心は引き裂かれるように激しく痛む。
「和臣様……」
頬を流れ続ける涙を乱暴にパジャマの袖口で拭い去る。
ひまりの『運命の番』である鷹統和臣(たかとうかずおみ)は、ひまりの手配した披露宴で彼が番にと望む他のオメガと今日挙式を上げるのだ。
ひまりは次々と婚礼の打ち合わせなどを言いつけられる中で、自分の心を偽り、滞りなく挙式を行えるように用意を行ってきた。
「自分で決めたことでしょう、彼の幸せが私の幸せ……」
噛み締めた下唇が僅かに裂けたのか舌先に鉄の味を感じる。
わかっていたのだ、ひまりは『出来損ないのオメガ』で相手はアルファの中でも上位種、即ち強者であるアルファを従えるほどの存在、本来なら……ひまりが一般的なオメガならきっと和臣に捜し出してもらえたかもしれない。
でも……和臣は出会ってから今まで側近くに仕えるひまりのオメガフェロモンに気が付くことが出来なかった。
ソロソロとベッドから抜け出して洗面台に向かうと泣き腫らした赤ら顔が綺麗な鏡台に映っている。
「ブサイク……」
ひまりは洗面台の蛇口をひねり冷水を頭から被った。
火照った熱がとめどなく後頭部から髪を伝い続ける流水に流され排水口へ消えていく。
叶うことがない『運命の番』を求める本能も、それでも番の側にいたいと望んでしまう諦めきれない自分の往生際の悪さも全て流水と共に流れてしまえばいいのにと考えてしまう。
「辛い……でも側にいたい……」
今日、ひまりの運命は他のオメガと番う。
幸せそうに寄り添い披露宴のドレスの相談をする二人の姿を思いだし、過呼吸を起こしかけた自らの身体を宥めるように抱きしめた。
「どうして……私はオメガなの?」
男女の性差に加えてアルファ、ベータ、オメガと言う三種類の『第二の性』の計六種類に分類されるこの世界で、ひまりが授かった性は最下級として蔑まれるオメガだった。
数が圧倒的に少なく、生まれつきエリートで社会の頂点に君臨している男女のアルファ達は皆、オメガ性の者達を妊娠させる事ができる。
そしてオメガ性はそんなアルファを産むことができる唯一の性だ。
しかしオメガ性は三ヶ月に一度の頻度で、発情期(ヒート)がやってくる。
その強さは個人差はあるものの、ひまりも例外ではない、発情抑制剤の開発のおかげである程度は抑え込むことが出来るが、それでも社会に適応出来ない者たちが多い。
社会的弱者であるオメガは生きづらい、ひまりはそのオメガ達に比べて更に落ちこぼれ、欠陥品だった。
最も人口が多く、身体特徴や行動等も一般的な普通の人間と変わらないベータから見れば、蔑みの対象でしかないのだ。
ベータにはオメガのような発情期(ヒート)も存在しない。
男女ともベータ同士で婚姻しベータを産み繁栄していく彼らにとって、社会で自立すらできないオメガは、しょせん優秀なアルファを増やすための道具に過ぎないのだろう。
本来ならつがいのいないアルファやベータもを性別問わず強く惹き付けるオメガのフェロモン、それに欠陥を生じてしまったひまりはもはやオメガにすらなりえない落ちこぼれでしか無い。
オメガ性は男性でも発情期中にアルファの精を受ければ子をなせる。
美しく優秀なオメガ達がいるのに、アルファ達がわざわざ出来損ないのひまりを選ぶ必要はないのだ。
もし可能性があるとすれば『運命の番』だけだったろう。
その番である和臣も他のオメガと結婚が決まってしまった。
蛇口の水を締めて顔を上げると、ずぶ濡れになったことで涙はわからなくなった。
まだ目元は赤いけど和臣の結婚に秘書として化粧が崩れたみっともない顔を晒すわけには行かない。
髪の毛の水気をタオルで拭き取り、髪を乾かすと、化粧品が並べられた鏡台へ向かうと、鏡台とセットになっている椅子へと腰掛け下地から化粧を施していく。
化粧は女の戦闘服、この化粧が剥げるような無様は絶対にしない。
長い髪をねじり上げバレッタで挟む。
「いつも通りに出来たわ……」
鏡に映った地味な自分の姿に手を伸ばす。
番として、女としての幸せが望めないのならせめて秘書として和臣の側近くで侍られるように最善を尽くすだけ。
愛しい者が他のオメガと番うとしても……
まだ薄暗い私室のベッドから悲痛な叫びと共に飛び起きた藤堂ひまりは悪夢の残滓で震える手で羽織っていた肌触りの良い毛布をきつく握りしめた。
荒い呼吸を繰り返して不安と嫉妬に痛む心を抑え込む。
ポロポロと頬を伝い落ちる涙は、ひまりの意思をあざ笑うかのように毛布にシミを作っていく。
オメガであるにもかかわらず、運命の番である筈のアルファの側にベータだと第二の性を偽ってまで側に侍る選択をしたのはひまり自身だ。
こうなるとわかっていたはず、それでも心は引き裂かれるように激しく痛む。
「和臣様……」
頬を流れ続ける涙を乱暴にパジャマの袖口で拭い去る。
ひまりの『運命の番』である鷹統和臣(たかとうかずおみ)は、ひまりの手配した披露宴で彼が番にと望む他のオメガと今日挙式を上げるのだ。
ひまりは次々と婚礼の打ち合わせなどを言いつけられる中で、自分の心を偽り、滞りなく挙式を行えるように用意を行ってきた。
「自分で決めたことでしょう、彼の幸せが私の幸せ……」
噛み締めた下唇が僅かに裂けたのか舌先に鉄の味を感じる。
わかっていたのだ、ひまりは『出来損ないのオメガ』で相手はアルファの中でも上位種、即ち強者であるアルファを従えるほどの存在、本来なら……ひまりが一般的なオメガならきっと和臣に捜し出してもらえたかもしれない。
でも……和臣は出会ってから今まで側近くに仕えるひまりのオメガフェロモンに気が付くことが出来なかった。
ソロソロとベッドから抜け出して洗面台に向かうと泣き腫らした赤ら顔が綺麗な鏡台に映っている。
「ブサイク……」
ひまりは洗面台の蛇口をひねり冷水を頭から被った。
火照った熱がとめどなく後頭部から髪を伝い続ける流水に流され排水口へ消えていく。
叶うことがない『運命の番』を求める本能も、それでも番の側にいたいと望んでしまう諦めきれない自分の往生際の悪さも全て流水と共に流れてしまえばいいのにと考えてしまう。
「辛い……でも側にいたい……」
今日、ひまりの運命は他のオメガと番う。
幸せそうに寄り添い披露宴のドレスの相談をする二人の姿を思いだし、過呼吸を起こしかけた自らの身体を宥めるように抱きしめた。
「どうして……私はオメガなの?」
男女の性差に加えてアルファ、ベータ、オメガと言う三種類の『第二の性』の計六種類に分類されるこの世界で、ひまりが授かった性は最下級として蔑まれるオメガだった。
数が圧倒的に少なく、生まれつきエリートで社会の頂点に君臨している男女のアルファ達は皆、オメガ性の者達を妊娠させる事ができる。
そしてオメガ性はそんなアルファを産むことができる唯一の性だ。
しかしオメガ性は三ヶ月に一度の頻度で、発情期(ヒート)がやってくる。
その強さは個人差はあるものの、ひまりも例外ではない、発情抑制剤の開発のおかげである程度は抑え込むことが出来るが、それでも社会に適応出来ない者たちが多い。
社会的弱者であるオメガは生きづらい、ひまりはそのオメガ達に比べて更に落ちこぼれ、欠陥品だった。
最も人口が多く、身体特徴や行動等も一般的な普通の人間と変わらないベータから見れば、蔑みの対象でしかないのだ。
ベータにはオメガのような発情期(ヒート)も存在しない。
男女ともベータ同士で婚姻しベータを産み繁栄していく彼らにとって、社会で自立すらできないオメガは、しょせん優秀なアルファを増やすための道具に過ぎないのだろう。
本来ならつがいのいないアルファやベータもを性別問わず強く惹き付けるオメガのフェロモン、それに欠陥を生じてしまったひまりはもはやオメガにすらなりえない落ちこぼれでしか無い。
オメガ性は男性でも発情期中にアルファの精を受ければ子をなせる。
美しく優秀なオメガ達がいるのに、アルファ達がわざわざ出来損ないのひまりを選ぶ必要はないのだ。
もし可能性があるとすれば『運命の番』だけだったろう。
その番である和臣も他のオメガと結婚が決まってしまった。
蛇口の水を締めて顔を上げると、ずぶ濡れになったことで涙はわからなくなった。
まだ目元は赤いけど和臣の結婚に秘書として化粧が崩れたみっともない顔を晒すわけには行かない。
髪の毛の水気をタオルで拭き取り、髪を乾かすと、化粧品が並べられた鏡台へ向かうと、鏡台とセットになっている椅子へと腰掛け下地から化粧を施していく。
化粧は女の戦闘服、この化粧が剥げるような無様は絶対にしない。
長い髪をねじり上げバレッタで挟む。
「いつも通りに出来たわ……」
鏡に映った地味な自分の姿に手を伸ばす。
番として、女としての幸せが望めないのならせめて秘書として和臣の側近くで侍られるように最善を尽くすだけ。
愛しい者が他のオメガと番うとしても……
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