たとえ運命の番だと告げることが許されなくても、貴方の側に置いてください……
和臣の結婚式は都内の格付けランキング三ツ星ホテルの上層階をワンフロア貸し切って執り行われることになっている。
美しく飾った各界の著名人が多数招待客として臨席する中、チャペルの目立たない隅に立ち、ひまりは一段高くなった場所を見る。
そこは新郎新婦と、結婚式を進める神父が立つ場所だ。
ライトグレーのフロックコートを身に纏い、神父の前に立つ和臣の姿は自信に溢れ神々しい。
ホテルの売りでもあるパイプオルガンの生演奏とコーラス隊の賛美歌に合わせて参列者が立ち上がると、場内アナウンスとともに両開きの扉が開き、純白のドレスに身を包んだ花嫁が父親に付き添われて姿を現した。
一礼した花嫁が顔を上げた途端、甘い蜜のような芳香が会場内に広がった。
その香りにつがいのいないアルファやベータが性別問わず強く惹き付けられていく。
花嫁から香りだしたオメガの発情期に発するフェロモンの香りにザワザワと会場内がざわめく。
まるで力が抜けたように赤いカーペットに座り込んでしまった花嫁に和臣が駆け寄るよりも早く、招待客のひとりの男性が駆け寄り花嫁の身体を抱き上げてしまった。
面識すら無いはずの二人の反応に、結婚式へ参列者していた者達は状況を理解した……いや理解してしまった。
きっとこの二人は『運命の番』なのだろう。
本能で惹かれ合う様子はまるで二人以外の何者も居なくなってしまったのではないかと錯覚しそうになるほどだ。
「あぁこの香り、俺の運命の番……やっと見つけた!」
愛おしげに抱きしめる男性に、和臣の顔がみるみる青ざめていく。
運命の番を見つけたアルファの邪魔はご法度だ。
それはアルファ同士の暗黙の了解でもある。
アルファとオメガにのみ存在する番、その中でも『運命の番』は一生にひとりだけ。
互いに番がいない状態で出会える確率は奇跡に近い。
その為大抵のアルファやオメガ達は普通に条件等を摺り合わせ婚姻し番契約を結ぶ。
番はアルファが閨でオメガの首筋を噛むことで正式に結ばれる。
そのためアルファは滅多に噛むことはない。
番はアルファやオメガにとって通常の恋人関係や結婚よりも拘束力が強い。
一旦番になるとどちらかが死ぬまで解除されることは無い。
しかしアルファ側からのみ、一方的につがいを解除され引き剥がされる場合もある。
例えば番契約後に『運命の番』と出会ってしまった場合など、強者であるアルファの意志が優先されてしまうのだ。
アルファが『運命の番』と出会ってしまった場合、オメガは強制的に引き剥がされてしまうことが多い。
引き剥がされたオメガの本能にのしかかる喪失感は非常に強い精神的ストレスになり精神を病み、それ以後新たなアルファと番になることは難しい。
しかし番を失っても発情期そのものは無くならず、二度とつがいを作れないまま発情期を抱えた一生を送ることになってしまうのだ。
普通の番契約ですらそれほどのデメリットを負う、それは『運命の番』となればオメガどころか世界を動かすアルファにまで影響する。
アルファにとって『運命の番』は生命線だ、そのため自分のテリトリーに隠してしまう者も多い。
『運命の番』に先立たれれば後を追うように衰弱してしまうほどにアルファにとってその存在は重い。
その為、パートナーが『運命の番』と出会った場合、暗黙の了解で身を引く。
そう、花嫁を抱き上げる青年は彼女を『運命の番』だと告げた、和臣は身を引かなくてはいけないのだ。
唇を噛み締めて強く握り締めた拳は全身と同じようにブルブルと震えている。
手の色が変わるほどに強く握りしめた和臣の手から赤い雫が床に垂れる。
「連れて行け……」
そう告げてそれ以上見たくないと言わんばかりに視線をそらした。
「すまない」
オメガは一度発情期になれば、ほぼ7日間発情以外なにも出来なくってしまう。
番のいない花嫁はアルファやベータ等を性別問わず強く惹き付けるフェロモンを発し続けることになる。
そんな状況を『運命の番』であるアルファが容認する筈がない。
花嫁を抱き上げ、青年は式場を出ていった。
本来ならこの婚姻の祝福に来ていた招待客の困惑が手に取るようにわかる。
「ごらい席頂きました皆様、大変申し訳ありません……本日の式は中止とさせて頂きたいと思います」
花嫁に逃げられたのだ、辛くない筈が無いのに、彼はしっかりと前を向き招待客に深々と頭を下げた。
自尊心の高い彼の普段では考えられない弱り果てた姿にズキリとひまりの心が痛む。
彼に一度で良いから抱いて欲しいいうオメガが後を絶たなかったが、本人は花嫁になるはずだった少女にぞっこんで他のオメガには目もくれなかった。
アルファやオメガが自分の『運命の番』に出会う可能性はホンの一握りだけ……
『もしこの先……いや今運命の番が目の前に現れても俺は……きっと彼女を選ぶだろう』
そう言える程に愛せる相手と出会えたのはある意味運命の番と出逢うよりも奇跡的なことなのかもしれない。
しかしそうまでして番に臨んだ女性は結婚式で他の男と手を取り合って逃げてしまった。
気丈に振る舞い、招待客を全て会場から見送った彼は、まるで糸が切れたマリオネットの様に大理石の床へ崩れ落ちた。
咄嗟に手を伸ばし彼の身体を抱きとめる。
彼から香る『運命の番』のアルファのフェロモンに不謹慎にも目眩がし、高鳴る胸を内心で叱りつける。
すぐに倒れてしまった彼を救急車で病院へ搬送し、健康保険の証書を持ち病院へ向かうと飾り気のない質素な簡易ベッドで眠る彼。
彼が結婚式の為に寝る間も惜しんで彼女と過ごす時間を捻出するため過激なスケジュールを来なしていた事は私設秘書であるひまりが一番知っていた。
それが結婚式に花嫁を強奪されるなど誰が想像できただろう。
彼の悲しみに寄り添い支えなければならないのに、ひまりの心は本人の理性よりも素直だった。
『運命の番』が他のオメガの物にならなかった……その事実が歓喜に打ち震え、ひまりはあまりに狭量な自分の浅ましさに嫌気が指していた。
血の気が失せ青白い顔でコンコンと眠り続ける。
過労から目を覚まさない彼のネコっ毛な前髪優しく目元から払う。
「誰のものにもならないで……」
ボソリと呟いた小さな声。
「藤堂……」
背を向けた病室と廊下を繋ぐドアから低い声で名字を呼ばれただけで、ザワリと肌が波打つ。
そこには彼の側近中の側近である実の兄の福原涼介(ふくはらりょうすけ)がひまりを心配そうに見てひまりを病室の外に連れ出した。
「大丈夫か?」
涼介の言葉に、先程まで和臣の診察をしていた医師から聞いた診断結果を告げる。
「はい、お医者様は過労と心理的ストレスではないかと」
「違う、お前の心配をしてるんだ」
ひまりの言葉を否定して涼介はひまりの頭を自分の胸に抱き込んだ。
小さい頃から変わらずにひまりを守ってくれる兄のたくましい胸に、不本意に涙があふれる。
「たく、酷い顔だぞ。 いくら化粧で誤魔化しても俺にはその目の下の隈はお見通しだ」
優しく後頭部と背中を撫でられて、ひまりの心は悲鳴を上げる。
辛い……辛い辛い。
ひとしきり泣いたひまりの身体から力が抜けると、涼介はその細い身体を抱き上げた。
心労がかかり過ぎて気を失ってしまった妹の姿を痛ましげに見る。
危なげなく横抱きに運び看護師に声を掛けて空いていたベッドに寝かせると、ついでにひまりの診察を頼む。
結果は見事に和臣と同じだった。
「頑張りすぎだ馬鹿野郎、無理しやがって」
点滴を施されたひまりの頭をくしゃりと撫でる。
「さて、後始末しますかね」
隣のベッドに横たわる和臣の寝顔を確認し、涼介は側近達に連絡を入れるべく部屋を出た。
美しく飾った各界の著名人が多数招待客として臨席する中、チャペルの目立たない隅に立ち、ひまりは一段高くなった場所を見る。
そこは新郎新婦と、結婚式を進める神父が立つ場所だ。
ライトグレーのフロックコートを身に纏い、神父の前に立つ和臣の姿は自信に溢れ神々しい。
ホテルの売りでもあるパイプオルガンの生演奏とコーラス隊の賛美歌に合わせて参列者が立ち上がると、場内アナウンスとともに両開きの扉が開き、純白のドレスに身を包んだ花嫁が父親に付き添われて姿を現した。
一礼した花嫁が顔を上げた途端、甘い蜜のような芳香が会場内に広がった。
その香りにつがいのいないアルファやベータが性別問わず強く惹き付けられていく。
花嫁から香りだしたオメガの発情期に発するフェロモンの香りにザワザワと会場内がざわめく。
まるで力が抜けたように赤いカーペットに座り込んでしまった花嫁に和臣が駆け寄るよりも早く、招待客のひとりの男性が駆け寄り花嫁の身体を抱き上げてしまった。
面識すら無いはずの二人の反応に、結婚式へ参列者していた者達は状況を理解した……いや理解してしまった。
きっとこの二人は『運命の番』なのだろう。
本能で惹かれ合う様子はまるで二人以外の何者も居なくなってしまったのではないかと錯覚しそうになるほどだ。
「あぁこの香り、俺の運命の番……やっと見つけた!」
愛おしげに抱きしめる男性に、和臣の顔がみるみる青ざめていく。
運命の番を見つけたアルファの邪魔はご法度だ。
それはアルファ同士の暗黙の了解でもある。
アルファとオメガにのみ存在する番、その中でも『運命の番』は一生にひとりだけ。
互いに番がいない状態で出会える確率は奇跡に近い。
その為大抵のアルファやオメガ達は普通に条件等を摺り合わせ婚姻し番契約を結ぶ。
番はアルファが閨でオメガの首筋を噛むことで正式に結ばれる。
そのためアルファは滅多に噛むことはない。
番はアルファやオメガにとって通常の恋人関係や結婚よりも拘束力が強い。
一旦番になるとどちらかが死ぬまで解除されることは無い。
しかしアルファ側からのみ、一方的につがいを解除され引き剥がされる場合もある。
例えば番契約後に『運命の番』と出会ってしまった場合など、強者であるアルファの意志が優先されてしまうのだ。
アルファが『運命の番』と出会ってしまった場合、オメガは強制的に引き剥がされてしまうことが多い。
引き剥がされたオメガの本能にのしかかる喪失感は非常に強い精神的ストレスになり精神を病み、それ以後新たなアルファと番になることは難しい。
しかし番を失っても発情期そのものは無くならず、二度とつがいを作れないまま発情期を抱えた一生を送ることになってしまうのだ。
普通の番契約ですらそれほどのデメリットを負う、それは『運命の番』となればオメガどころか世界を動かすアルファにまで影響する。
アルファにとって『運命の番』は生命線だ、そのため自分のテリトリーに隠してしまう者も多い。
『運命の番』に先立たれれば後を追うように衰弱してしまうほどにアルファにとってその存在は重い。
その為、パートナーが『運命の番』と出会った場合、暗黙の了解で身を引く。
そう、花嫁を抱き上げる青年は彼女を『運命の番』だと告げた、和臣は身を引かなくてはいけないのだ。
唇を噛み締めて強く握り締めた拳は全身と同じようにブルブルと震えている。
手の色が変わるほどに強く握りしめた和臣の手から赤い雫が床に垂れる。
「連れて行け……」
そう告げてそれ以上見たくないと言わんばかりに視線をそらした。
「すまない」
オメガは一度発情期になれば、ほぼ7日間発情以外なにも出来なくってしまう。
番のいない花嫁はアルファやベータ等を性別問わず強く惹き付けるフェロモンを発し続けることになる。
そんな状況を『運命の番』であるアルファが容認する筈がない。
花嫁を抱き上げ、青年は式場を出ていった。
本来ならこの婚姻の祝福に来ていた招待客の困惑が手に取るようにわかる。
「ごらい席頂きました皆様、大変申し訳ありません……本日の式は中止とさせて頂きたいと思います」
花嫁に逃げられたのだ、辛くない筈が無いのに、彼はしっかりと前を向き招待客に深々と頭を下げた。
自尊心の高い彼の普段では考えられない弱り果てた姿にズキリとひまりの心が痛む。
彼に一度で良いから抱いて欲しいいうオメガが後を絶たなかったが、本人は花嫁になるはずだった少女にぞっこんで他のオメガには目もくれなかった。
アルファやオメガが自分の『運命の番』に出会う可能性はホンの一握りだけ……
『もしこの先……いや今運命の番が目の前に現れても俺は……きっと彼女を選ぶだろう』
そう言える程に愛せる相手と出会えたのはある意味運命の番と出逢うよりも奇跡的なことなのかもしれない。
しかしそうまでして番に臨んだ女性は結婚式で他の男と手を取り合って逃げてしまった。
気丈に振る舞い、招待客を全て会場から見送った彼は、まるで糸が切れたマリオネットの様に大理石の床へ崩れ落ちた。
咄嗟に手を伸ばし彼の身体を抱きとめる。
彼から香る『運命の番』のアルファのフェロモンに不謹慎にも目眩がし、高鳴る胸を内心で叱りつける。
すぐに倒れてしまった彼を救急車で病院へ搬送し、健康保険の証書を持ち病院へ向かうと飾り気のない質素な簡易ベッドで眠る彼。
彼が結婚式の為に寝る間も惜しんで彼女と過ごす時間を捻出するため過激なスケジュールを来なしていた事は私設秘書であるひまりが一番知っていた。
それが結婚式に花嫁を強奪されるなど誰が想像できただろう。
彼の悲しみに寄り添い支えなければならないのに、ひまりの心は本人の理性よりも素直だった。
『運命の番』が他のオメガの物にならなかった……その事実が歓喜に打ち震え、ひまりはあまりに狭量な自分の浅ましさに嫌気が指していた。
血の気が失せ青白い顔でコンコンと眠り続ける。
過労から目を覚まさない彼のネコっ毛な前髪優しく目元から払う。
「誰のものにもならないで……」
ボソリと呟いた小さな声。
「藤堂……」
背を向けた病室と廊下を繋ぐドアから低い声で名字を呼ばれただけで、ザワリと肌が波打つ。
そこには彼の側近中の側近である実の兄の福原涼介(ふくはらりょうすけ)がひまりを心配そうに見てひまりを病室の外に連れ出した。
「大丈夫か?」
涼介の言葉に、先程まで和臣の診察をしていた医師から聞いた診断結果を告げる。
「はい、お医者様は過労と心理的ストレスではないかと」
「違う、お前の心配をしてるんだ」
ひまりの言葉を否定して涼介はひまりの頭を自分の胸に抱き込んだ。
小さい頃から変わらずにひまりを守ってくれる兄のたくましい胸に、不本意に涙があふれる。
「たく、酷い顔だぞ。 いくら化粧で誤魔化しても俺にはその目の下の隈はお見通しだ」
優しく後頭部と背中を撫でられて、ひまりの心は悲鳴を上げる。
辛い……辛い辛い。
ひとしきり泣いたひまりの身体から力が抜けると、涼介はその細い身体を抱き上げた。
心労がかかり過ぎて気を失ってしまった妹の姿を痛ましげに見る。
危なげなく横抱きに運び看護師に声を掛けて空いていたベッドに寝かせると、ついでにひまりの診察を頼む。
結果は見事に和臣と同じだった。
「頑張りすぎだ馬鹿野郎、無理しやがって」
点滴を施されたひまりの頭をくしゃりと撫でる。
「さて、後始末しますかね」
隣のベッドに横たわる和臣の寝顔を確認し、涼介は側近達に連絡を入れるべく部屋を出た。