たとえ運命の番だと告げることが許されなくても、貴方の側に置いてください……
 それから二日後念の為、検査入院を経て和臣は無事に退院した。

 しかし心の傷は深かったようで、自宅に籠もって出てこなくなってしまった。

 和臣が居なくても仕事は無くならない。

 ひまりを始め和臣の側近たちは今回の結婚式に参列して頂いた招待客にお詫びを送り、直近の和臣の予定を全てキャンセルしていく。

 そんなある日、和臣から久しぶりに連絡が来た。

 ひまりは急ぎ和臣の自宅へ向かいタクシーを飛ばすと、和臣の自宅のあるオートロックのエントランスを抜けて、和臣が借り受けている高層ビルの最上階へエレベーターで向う。

「和臣様、藤堂です」

 玄関脇にある呼び出しボタンを押せば、直ぐに入室許可とともにオートロックが外された。

「……入れ」 

「失礼いたします」

 断りを入れて部屋に踏み込めば、部屋の床に花嫁と一緒に幸せそうに笑う和臣の写真が無残に引きちぎられて散乱していた。

「藤堂……なんで『運命の番』なんてものが居るんだろうな……」

 両手で顔を覆い震える和臣の姿に無意識に手を伸ばしかけて、ひまりは伸ばした手を引っ込める。

「今日、アキとアキの『運命の番』が謝罪に来たよ」

 震える声で告げられた言葉に、ひまりは驚いた。

 どうやら返答は求めていないのか、和臣は話し続ける。

「アキはひと目で自分の『運命の番』だとわかったらしい、もう離れられないとも……もしかして戻ってきてくれないかと思っていたけど、無理だった」

 決して視線を上げることなく、心のままに心情を吐露していく。

「『魂の番』の香りを嗅いだとたん彼以外目に入らなかったと言われたよ、直ぐに前に花婿が居たのにね。『運命の番』の繋がりは理性なんてあざ笑うんだ」

 怖いのは裏切られたことか、はたまた育んできた愛情を一瞬で覆す『運命の番』と言う本能か。

「『運命の番』に出会ったら俺は意志を乗っ取られるのか? どんな呪いだよふざけんな! 『運命の番』になんて一生出会いたくない」

 苛立たしげにローテーブルを叩いた音にひまりはすくみ上がる。

 和臣の言葉は鋭い刃となってひまりの心に深く深く突き刺さった。

 和臣は『運命の番』そのものを憎んでいる。

 ひまりの心にはズタズタだった。

「ごめんな、こんな話……福原たちには明日から出社すると伝えてくれ」

「はい……失礼いたします」

 話は終わりだとでも言わんばかりにひまりを追い出しにかかった和臣に素直に従いビルを後にする。

 どんよりと空を覆う厚い雲はまるでひまりのこれからを表しているようだ。

「ふっ……うぅぅ」

 溢れる涙はもう止まらなかった。 

「『運命の番』は呪いかぁ……私が生きてること自体和臣様にとって呪いなのかも」

 ぽつりぽつりと降り出した雨は次第に強まりひまりの身体を濡らしていく。

 和臣の側で彼の幸せを願うことは『運命の番』であるひまりには許されないのかもしれない。

 いくら発情期を抑制剤で抑え込んでも、オメガであること……しかも『運命の番』だと露呈すれば和臣はひまりを許しはしないだろう。

 フェロモン異常が発覚する前まで、無邪気に『運命の番』と添い遂げて愛するアルファの子を産み育てる幸せを信じていた。

 今思えばあの頃が、一番幸せだったかもしれない。

 毎日顔を合わせても和臣はひまりに気が付かない……『運命の番』ならフェロモン異常になってもひまりを見つけてくれるかもと言う期待はもう現実としてありえない事をひまりに思い知らせた。
 
 その翌日から雨に体温を奪われて冷えた身体は高熱を出し倒れた。

 心理的ストレスと抑制剤を服用し続けた事で周期を乱した発情期も併発したひまりは、朦朧でした意識の中でなおも和臣に縋ろうとする自分を許せなかった。

 熱も発情期も終わり会社復帰したひまりが、目にしたのはうさを晴らすように擦り寄るオメガをもて遊ぶ和臣だった。

「和臣様、少しお休みになられては?」

 仕事とオメガ遊びで睡眠もろくに取れていないのか、いやもしかしたら眠るのが怖いのかもしれない。

 常時苛ついている和臣に忠言したひまりに和臣が机の上の書類を投げつけた。

 書類はひまりの身体にあたることは無かったがいつにない和臣の剣幕にひまりは慄いた。

「うるさい! 出ていけ!」

「……申し訳ありませんでした、失礼いたします」

 部屋を飛び出してひまりは兄である涼介に電話を掛けた。

「どうした?」

 いつもと変わらない兄の優しい声にひまりの心は決壊した。

「助けて……」 

 

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