本当は
 玄関の鍵は開いていた。
 そっと靴を脱ぎ、乗り込んだ先のリビングで、二人の姿を見ることになる。
 しどけなく央さんに絡まっている奥さん。面倒臭そうに濡れた髪を、バスタオルで拭いている、央さん。

 その二人が、突然現れた私たちの姿を見て、固まっている。
 奥さんの方は顔色を失っている。
 央さんは、きっと驚いてはいるのだろうが、落ち着いているように見えた。

 「希美。。。」

 明らかに私と話している時の声音とは違う、恐ろしく硬質な低音が発せられた。

 「何をしているんだ。
 今日は、会議に次ぐ会議で、仕事の打ち合わせも山ほどあった日じゃなかったのか。」
 
 「。。。。。」

 「それともこれは打ち合わせの続きか。。。」

 ご主人の嫌味は続く。
 奥さんも央さんも一言も発しない。

 「何、、、てるの奥さんが私たちのことに気づいて、あなたに連絡してきたの?」

 てる、、、
 親しげに夫のことを呼ぶ。
 初めてそのことで、心に痛みが走った。

 「反対だ、、、今まで僕が気づかなかったと思うか?
  もう何年も前に、君の浮気には気づいていたよ。ただ、子供も小さかったし、これと言って、確証がなかったから、、、いや、それよりも、自分に勇気がなかったから、追求することもせずに、転勤するという道をとった。」
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