大切なあなた
「まあ月野君、立派になって」
随分白い物が増えてしまった恩師は、満面の笑顔で影近を迎えてくれた。

「お久しぶりです」
「懐かしいわね」

本当にすごく懐かしい。
ここで毎日のように音楽をやっていたのはもう10年も前なんて、自分でもびっくり。
教師になるつもりで大学には行ったくせに途中で断念して、自分でも将来を見失っていた。
ただみんなと音楽をやっているときだけが幸せだった。

「荒川さんも、立派になったわね」
「やめてください、先生」

部屋の隅に控えていた私を見つけ先生が声をかけてくださるから、恥ずかしくて隠れそうになる。

「ダメだよ唯、こっちに来て」

先生と影近の面会用に用意した部屋には県の関係者は私だけで、後は数人のOBか招いてあった。
みんなが懐かしく談笑している輪の中に私も腕を引かれ入って行く。

「ありがとう、みんなと会える場を用意してもらってうれしいわ」
「私は何も」
両手を握ってお礼を言ってくださる先生に『違います』と言ってもわかってもらえず、結局私の手柄のようになってしまった。
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