大切なあなた
「荒川主任、ちょっと」
「はい」

朝一の会議が終わりお昼までに雑務をかたずけようとデスクの戻った途端、課長から声がかかった。


「何でしょう?」
いつものようなポーカーフェイスで立った、課長のデスク前。

「君、ピアニストの影近と大学の同期だったよな?」
「ぇ、ええ」
なんだか嫌な予感。

「今年度彼が観光大使をすることになってね、君にその窓口をお願いしたいんだが」

うっ。

「東京を中心に活動している人だし、観光大使と言っても年に数回イベントに顔を出してもらう程度だから、そんなに仕事はない」
「はあ」
「それでも、知っている人間が担当者の方がやりやすいだろうと思ってね。どうだろう」

ビジネスの場で、上司にこう言われればほぼ断ることはできない。
私に話を持ってくる時点で決まっていることが多いから。でも、

「ほかにも適任な部署があるんじゃありませんか?」

そもそも私は総務課の人間。観光大使の守役とは職域が違う。

「もちろんそれも承知の上で君にお願いしている。手持ちの仕事が多いならこちらでいくつか引き受けるぞ」
「いえ、そう言う意味では・・・」

はあー。
ここまで言われれば断れない。
でもおかしいな。
出身大学や年齢は仕方ないとしても、影近と私が知り合いだなんて誰が言ったんだろう。

「わかりました。ただ私も仕事を抱えているので、新人を一人サポートにもらいます。いいですか?」
「ああ」

よしっ。
これで直接のやり取りは避けられそうだ。
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