紫陽花
柴田拓実
最近、美咲が変だ。最近というか急に休んだ日から妙によそよそしい。前から美咲との間には壁があったがその壁が更に高く、分厚くなった気がする。もうすぐ付き合って5ヶ月だ。まだ一度も家に呼ばれた事が無い。そんな事は初めてだった。そもそも美咲は本当に俺の事が好きなのだろうか。入社式の時に見た美咲はとても真面目そうで何より胸が大きかった。とりあえず一回ヤリたい。そう思って近付いた。話しかけても素気なく全然嬉しそうでは無かった。今まで出逢った女性とは全然違った。どうやって落とそうかゲーム感覚で近付いたのに、美咲の仕事に対する姿勢、周りへの気遣いにすっかり虜になっていた。本気で好きになったのだ。セフレ達に別れを告げ美咲にアプローチする事に決めた。
しつこいくらい連絡したり、飲みに誘ったりしてどうにか付き合えたのだ。
スマホのカレンダーを見る。もうすぐ付き合って5ヶ月か。よし、夏だし花火に誘ってみよう。夜の海で色々な話をしよう。
〈お疲れ!
もうすぐ5ヶ月記念だな!美咲の家の近くの海で花火しようぜ〉
LINEを送るとすぐに既読になった。早っ。
〈わかった〉
返信はたった一言だけだった。素っ気なさに笑えてきたが、最近デートは断られ続けていたのでホッとした。良かった。
〈ご飯食べてから行こうぜ!店は前行ったバルで良いよな。花火は買っていく!〉
〈ありがとう。また土曜日ね〉
あっさりLINEが終わってしまった。
だが久しぶりのデートだ。早く花火も準備して美咲を喜ばせたい。


部長と過ごした日以降、平日は毎日のようにLINEをしていた。お弁当の感想を送り合ったり他愛のない話だ。しかし、残業があると返事が無い日もあるし、なぜか毎週日曜日は連絡が無かった。なかなか直接話せる機会もなく、お弁当を交換し合あうことだけが心の支えだった。また一緒に映画観たり海辺を散歩したいなぁと思っているとLINEの通知が来た。部長かと思いすぐに開くと拓実からだった。ガッカリした。
なになに…花火かぁ。付き合って5ヶ月なんて事すっかり忘れていた。最近拓実からの誘いを断り続けていた罪悪感と花火はしたいので承諾した。もうすでに拓実に対しての気持ちが無くなって来ている事は自覚していた。
こんな気持ちで付き合うなんて失礼だから、ちゃんと別れを告げよう。


土曜日、駅前のバルで待ち合わせをしてご飯を食べた。
「ねぇ、美咲??聞いてる?」「え?聞いてるよ?」ちゃんと聞いている。全然知らない言葉を聞いているように耳を通り抜けているが。
「なんかさー、心ここにあらずというか、、俺の話ってそんなにつまらない??」子犬のような目で見つめられると困る。「ううん、面白いよ!最近寝不足でさ…」半分は本当だが半分は嘘だ。拓実は自信に満ち溢れている。そのせいか、営業成績の話や得意先に気に入られた話、更には嫉妬して欲しいのか女の子に告白された話までしてくる。自己肯定感が低い美咲にとっては羨ましくもあり、イライラする事もあった。相手がその自慢話を聞いてどう思うのか考えた事があるのか。「やっぱり俺の話って面白いよな。よく言われる」とドヤ顔で言ってきた。…そういう所だよ。とイラッとしたので話を変えた。「そろそろ行こっか??」「おう!」拓実が会計を済ませてくれる。「いつもありがとうね。ご馳走様でした。」美咲が頭を下げると、「可愛い彼女のためなら当たり前だろ」と胸を張っていた。彼女のため、という言葉でチクリと胸が痛い。ごめんね、と心の中で謝った。

海に向かって歩いていく。夜風が心地よい。
この間同じ道を部長と歩いた事を思い出す。
ドキドキとうるさかった心臓は今日は大人しい。
海に着いた。「意外と人いるな。」美咲も同意見だった。カップルや家族連れが花火を楽しんでいた。「俺らもやるぞー!」拓実が持ってきてきた蝋燭に火をつける。「ほら、最初は美咲がやっていいよ」手持ち花火を渡された。蝋燭に近づける。先端が徐々に燃えていく。シャーーーという音と共に色とりどりの火花が散る。「わぁ…!綺麗。」花火なんて久しぶりだ。「俺もやる!!」拓実が花火を両手に持ち、火をつける。金色の光が飛び出す。「花火って、精一杯命を燃やしてる感じが良いよね。人生みたい。」と美咲が言うと「美咲って急に寒い事言うよな」と拓実が笑った。一本ずつ丁寧に火をつけていく美咲と違って拓実は2本、3本とまとめて火をつけていたせいであっという間に終わってしまった。「もっとやりたかったな」と呟くと、「また来週もやろうぜ」と笑顔で言われた。
違う、そうじゃないんだよ。回数を多くやりたいんじゃなくて、この一回を長く楽しみたかったの。一本一本大切に火をつけたかった。
拓実はわたしの気持ちを分かってくれない。

2人で階段に座って、砂浜で花火している家族を眺める。
「あのさ、、美咲?」
「なに?」
「俺らもうすぐ5ヶ月だよな。」
「そうだね」
子供が花火ではしゃいでキャッキャと笑い声を上げていた。それを微笑んで見守る両親。
「もっと美咲の深いところまで知りたい。」
「そうなんだ」
家族3人でやっているため、どんどん花火が無くなっていく。
「いつか幸せな家庭を築きたいんだ。美咲と一緒に。子供も欲しい。」
もう線香花火をやってる。早いな。
「美咲」と名前を呼ばれたので横を向くと拓実の顔が近づいていた。美咲は反射的に「やめて」と言って顔をそむけた。
「わたし、、やっぱり貴方の事を心から好きになれなかった。ごめんなさい。本当にごめんなさい」もう拓実の顔を見れなかった。
何か言っているようだったが、子供の泣き声と被って聞こえなかった。泣きながらもっとやりたいようと言ってるのが辛うじて聞き取れる。花火が無くなってしまったようだ。
美咲はその場から逃げた。後ろを振り返らず走り続ける。泣き声がどんどん遠くなっていく。
拓実は追ってこなかった。
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