紫陽花
どうにか平日を乗り切り土曜日になる。
休みは嬉しいが部長の顔を見れないのが残念すぎる。今何をしてるんだろう。ベッドの上でスマホを握りしめる。
毎日毎日部長の事を考えてしまう。部長から返信が来ない時は何度も何度もLINEが来てないか確認してしまう。

今何をしているんですか。奥さんと仲良くしているんですか。私の事はどう思ってるんですか。頭の中を悩みがぐるぐると回っている。

〈会いたいです。〉
初めて直球のLINEを送った。ストレートど真ん中。今までは遠回しにアピールしてるだけだったがもう気持ちが抑えられない。
午前11時に送ってから中々返信が来ない。そわそわして何も手につかない。自分でもハマりすぎていることは分かっていたがスマホを確認する事をやめられなかった。

23時にやっとLINEがきた。
〈俺も会いたい〉
〈金曜日の夜、飯でも行こう〉
あまりの嬉しさに顔がにやける。何度もその文章を見直す。部長も私と同じ気持ちだったんだ。ご飯行って、それから…ホテル?身体が熱くなる。
すぐに返信をする。
〈はい!楽しみにしています。〉
痩せるために食事を減らして筋トレをしよう。明日はランニングもしよう。万全の自分を見てもらいたい。



翌日、さっそく金曜日のための服を買いに行く。職場ではスーツ規定だが、みんな金曜日私服を持ってきて定時になると着替えていた。
部長はどんな服が好みだろう。駅前のファッションビルに入ってるたくさんのお店に片っ端から入る。悩みに悩んでコーデを完成させた。いつもは着ないような、ピッタリとした淡いピンクのトップス。下半身はふんわりとした深緑のスカート。この前みた紫陽花のような色味だった。部長、気付いてくれるかな。こういう格好、好きかな。ワクワクと妄想が止まらない。
家に帰るとYouTubeを見ながらメイク練習をした。1ミリでも可愛くなりたい。部長に可愛いねって言われたい。
なかなか返信が来ないスマホを見ながら気づいたら寝ていた。

日曜日の朝、起きてまずスマホを見る。8時。
通知は来ていない。日曜日は連絡が来ないのは前からだった。でも、月曜日の朝は絶対LINEがくる。それまでLINEを開くのをやめた。
「彼の心を掴む方法」なんていうサムネのYouTubeを観たり「愛される秘訣」という題名の本を読んでいるとあっという間に19時になっていた。そうだ、ランニングに行こう。着替えて外に出る。すっかり日は落ちている。気温は昼間と比べると少し肌寒いが走るには丁度いい。日焼けも気にしなくて良いし、頑張るぞ。
海に行こうと思い立ち、走り出す。
体力がないのですぐに疲れる。でも部長のために痩せたいと思うと気持ちを奮い立たせる事ができた。  

どうにか海までたどり着いた。息が苦しい。

今日の海も先週と同じようにカップルと家族連れがいた。階段に座り少し休憩する。
近くでカップルが楽しそうに花火をしている。スタイルの良い女性ががはしゃいで火のついた花火にを振り回している。あんなに振り回して大丈夫かなと思っていると聞き覚えのある声がした。「そんなに振り回したら火傷するぞ」
一瞬何が起きているのか理解できなかった。
そこにいるのは紛れもなく村上部長だった。
はしゃいでる女性は…奥さん??
女性が「慎二は心配性だねぇ」と楽しそうに笑う。「心配性じゃなくて危ないから言っているんだぞ」と部長が幼い子を見るような、優しい顔をして笑いながら言った。


なに、その顔。今まで見たことない。


ドス黒い負の感情が一気に湧き上がってくる。怒りと悲しみ。思考がぐちゃぐちゃになる。


なんでなんでなんでなんでなんで


身体が震える。 

私は走り出した。全てが見えなく聞こえなくなるように逃げ出していく。
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