明日、きっと別れを告げます
彼を疑う心なんてすっかりどこかへいってしまっていた。
それほど心は満たされていたから。

だけど車に乗り込むときに、気づいてしまった。
小さな赤ちゃん用の靴下が片方、落ちていたから――。

とたんに全身を何かに挟まれているみたいに、ぎゅうっと縮こまる感覚に陥る。

こんなところに赤ちゃん用の靴下なんて、まさか高野さんは結婚しているだけじゃなくて子供までいるというのだろうか。しかも小さな赤ちゃんが。
それなのにそれを隠して私とお付き合いをしているということだろうか。

疑惑は風船のように一気に膨らんで破裂しそうになった。

靴下を拾い上げるのは簡単で、高野さんの目の前に突き付けることも簡単だと思った。
でも、できない。

隣で運転する高野さんは何も気づいていない様子で平然としている。
もしも奥さんがいて赤ちゃんがいるのだとして、こんな風に別の人とデートしたり体を重ねたり、できるものなのだろうか。
そんな不誠実な人を、私は好きになってしまったのだろうか。

いろいろな感情がぐるぐると渦巻く。
同時に、私の中で警鐘がうるさいくらいに鳴り響く。

これはダメだ。
あきらめろ。
今すぐ別れるべきだ。

でもまだそうと決まったわけじゃない。
きっと何かの間違いだわ。
そう、お友達を乗せたときに赤ちゃんもいて、それで落としてしまったのかも。

自分の都合のいいように解釈してみるも、釈然としない。

――他に仁科を幸せにするやつがいて、仁科もそれで幸せならいいかなって思う。幸せなら、な。

急に宗田くんの言葉が思い出されて胸が苦しくなった。
語尾に含みを持たせた言い方が、まるで今の私を予言していたかのよう。

私が幸せだと感じていたものは実はまがい物だとしたら?

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