婚約者が浮気相手と駆け落ちしました。色々とありましたが幸せなので、今さら戻りたいと言われても困ります。

 その後、サルジュとその女子生徒は親しくなったようで、彼女とも顔を合わせる機会が増えた。
 アメリアという名の、小柄で可愛らしい少女だった。北方に大きな領土を有するレニア伯爵家の令嬢のようだ。あの農地のデータならば、サルジュの研究に大いに役立つだろう。
 そのせいか、それとも気が合うのか。
 研究に夢中になると、兄達の言うことさえ聞き流すサルジュが、アメリアの言葉だけはきちんと聞き、受け入れる。さらに彼女のためにふたりきりで会うことを避けているようで、ちゃんと護衛を連れて歩くようになったのも有難い。
 けれどアメリアもまた、サルジュと同じ向こう側の人間だった。
 彼女が助手として研究を手伝うようになると、ふたりで時間を忘れてしまうことが多くなった。日によっては、朝から閉校の時間まで研究を続けていることもある。
 騎士として鍛えているカイドでさえ、それほど長く集中することはできないのに、休憩もせずに没頭している姿を見ると心配になる。だが声を掛けても返事がないことが多く、かえって邪魔をしては長引くことになると、静かに見守ることにした。
 サルジュがこれほどまで真剣に取り組んでいるのは、この国の未来のためだ。
 このまま天候不順が続けば、間違いなく食糧不足になる。
 しかもビーダイド王国だけで済む問題とは思えない。冷害は他国でも深刻な問題になっているし、山脈を越えたベルツ帝国も問題を抱えている。
 このままでは少ない食糧を巡って国同士の争いになる可能性さえあるのだ。
 彼はそれを防ぐために、身を削って新品種の開発に取り組んでいる。アメリアもそんなサルジュを支えようと、全力を尽くしているのだ。
 こうして見守ることしかできないのが、もどかしいくらいだ。
 休みの日に訪れたアリータ侯爵家でリリアーネにそんな話をしていたカイドは、ふと我に返った。
「すまない。休日に仕事の話など」
「いいえ」
 慌てるカイドに、リリアーネは穏やかに微笑んだ。
「サルジュ殿下もアメリア様も、この国にはなくてはならない御方です。そんなお二方のお話が聞けて、とても嬉しいですわ」
 そう言ってくれた彼女にほっとするが、なるべく仕事の話は避けるべきだろう。そう思ったカイドは話を変えて、学園の夏季休暇のときにレニア領地に行ったときの話をする。
「とにかく広くて驚いたよ。見渡す限り農地だった。小麦が金色に実ったら、とても美しい光景だろうね」
 豊かな自然に、可愛らしい野生動物。
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