婚約者が浮気相手と駆け落ちしました。色々とありましたが幸せなので、今さら戻りたいと言われても困ります。
 最近は寝込むこともほとんどなくなり、調子が良さそうだ。それを確認して、ほっとする。
 エストは生まれたときから身体が弱く、成人するまで生きられないのではと言われていた。まだ幼い頃は兄を失ってしまうのが怖くて、ユリウスはずっと兄の傍を離れなかったくらいだ。今は無理さえしなければ普通の生活を送ることができる。それがとても嬉しかった。
「サルジュが来ないな」
 アレクシスの言葉に、ユリウスはすぐに立ち上がる。
「多分また図書室だろう。呼んでくる」
 そうしてすぐに向かい、熱心に本を読んでいたサルジュを何とか図書室から連れ出した。
 十年前にこの弟が攫われてしまった日のことを、ユリウスは今でも詳細に覚えている。
 長兄のアレクシスは王都から離れていたし、次兄のエストは寝込む日が多く、両親は忙しい。当時のユリウスにとって、一緒にいられる家族はサルジュだけだった。そんな弟までも自分の傍からいなくなってしまうのかと、心の底から恐怖した。
 あれから十年が経過して、成長した弟を過保護にしてしまうのも、その恐怖を忘れられずにいるからかもしれない。
 こうやって今、兄弟全員が揃って過ごせるのは奇跡のようなことだとユリウスは思っている。だからこそこの幸せが崩れないように、幼い頃からの癖で兄弟の様子を注意深く探ってしまう。
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