エリート官僚は政略妻に淫らな純愛を隠せない~離婚予定でしたが、今日から夫婦をはじめます~
あれは澄夏が中学二年生の頃。陸上部員として熱心に活動していた瀬奈に誘われ、高校陸上競技会を見に行ったときの出来事だ。
会場を何気なく眺めていたとき、トラックを走る男子生徒に目を奪われた。
彼は誰よりも早かった。真っ直ぐ前を見据えて駆け抜けていく圧倒的な勝者。
感動しているのにその気持ちを表現する言葉が出て来ない。
けれどそう思っているのは澄夏だけではないようだった。
瀬奈も他の観客も彼の走りに魅入られて大きな声援を送っていた。
そのスプリンターこそが、夫、須和一哉だったのだ。
瀬奈の説明では、彼は地元でも有名な全国レベルの選手らしい。
彼は澄夏達が通う私立の中高一貫校の近くにある県内一の公立進学校の生徒で、まさに文武両道の存在だった。
整った外見も相まってファンクラブのようなものまである人気者なのだとか。
一般の高校生にそんなものがあるのかと驚きながらも、彼なら不思議はないかと納得していた。
澄夏もたった一度走る姿を見ただけの彼に、憧れの感情を持つようになっていたから。
といっても、彼に恋をしたとか近づきたいとか、そんな大それた考えはなかった。
自分とは直接関係のない遠くから眺めるだけの相手。好きなタレントに対する気持ちに近かったかもしれない。