シークレットの標的(ターゲット)
「今っまでの葛藤とか不安とかっ、なんだったのよぅ」

がっくりとうなだれて、恨みがましさたっぷりに細い横目で緒方さんを睨んだ。

「散々妊娠の可能性があるとか言ってくれちゃって」

してないなら妊娠するわけないでしょうが。
まるっと鵜呑みにした私も私だけどねっ。

あの晩、おそらく私たちはキスもしていない。
いや、身体にキスマークを付けたのだからキスはしているんだけど、口と口のキスはしていない。

酔っ払った私は緒方さんの皮下出血をキスマークみたいだとからかった。
緒方さんから男の肌はそんなに簡単にキスマークなどつくはずがない、男の皮膚ことをよく知らないなと鼻で笑われ、ムキになった私がそんなことない、キスマークくらい簡単につく、と言い返してーーー試してみるという実技に至った。
私はその途中で満足して寝たのだ。たぶん。

私のお腹についたキスマークも1個、2個までは記憶がある。
男性と比べて女性の肌はキスマークがつきやすいことの証明に私が許可したものだ。
胸は恥ずかしいからお腹で・・・って。いや、お腹を晒すことだって冷静に考えたら恥ずかしいだろうが。
思い出して羞恥で悶える。

何が恥ずかしいって、いい年をしてキスマークの確認っていったいどういう状況。
どうせならコトに及んでいた方がマシなんじゃないかと思う。

はっ、私に色気が足りなさすぎてその気になれなかったってこと?!

「腰っ、腰よ。朝、腰が痛かったのはなんでなのかしら」
腰の痛みがシてしまったと思い込んだ決め手になったのだ。

「あれは腹にキスマーク付けたときにくすぐったいって騒いで望海が暴れて変な態勢になってソファーから落ちたからだな」

えええー。
馬鹿みたいだわーーーー

赤くなったり青くなったりしている私を笑うでもなく緒方さんは神妙な顔をして私に背を向け一度洗面所に戻るとTシャツを着て戻ってきた。

「俺の隠し事はこれで終わり。ちょっと落ち着いて話さないか」

ソファーを指さして座るように促す。

衝撃的な事実にクラクラとしている私はおとなしく彼の申し出に従った。

私が座ったことを確認した緒方さんが「コーヒーを淹れるからちょっと待ってて」とキッチンに向かっていく。
私はその姿をぼーっと目で追った。

はあ。
何してるんだか。
記憶をなくして簡単に騙されここ暫くの間ジタバタしていた自分が恥ずかしくて仕方ない。

コーヒーを持って戻ってきた緒方さんは私の顔を見て困ったように笑顔を見せた。

「それどういう感情か聞いてもいいか」

「いいえ。ムリ。やめて」

シてない事実に安堵したというよりも夜中に男女がそんな行為をしたのにシなかったのかという疑問。
緒方さんがシなかった理由が私に魅力がないからだったとしたら。
そう考えたら更にショックだった。

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