シークレットの標的(ターゲット)


ーーーぐらりと緒方さんの身体が揺れて私の肩に彼の頭が乗った。

さっきまで夢中で観ていたようだったけれど、睡眠不足と疲労には勝てなかったらしい。
私の頬を緒方さんの髪がくすぐる。

すうすうという規則的な呼吸にくすりと笑みがこぼれてしまう。

わかっていた。
高級スーパーも映画も私を自分の部屋にとどまらせておくための作戦だって。
もちろん緒方さん本人だって私が気づくことなんてわかっていたはず。それなのにそうしたのは気が付いた私がどう動くか確認したかったのだろう。
嫌がって逃げ出すか、そのままとどまるか。

私はとどまることを選択したのだ。

肩にもたれた緒方さんの頭をそっと持ち上げ自分の膝に下ろした。
肩にもたれるよりも膝枕の方がよく眠れるはず。

昨夜はほぼ徹夜で仕事をした緒方さん。
スパイの件の報告と早めに帰国してしまった出張の後始末に追われて大変だったらしい。
それ以上に私を囮に使ったような結果になったことに対するペナルティーみたいなもので谷口さんから散々お叱りを受けたのだとか。

これらはお昼に松平主任からメッセージが来て知った事実だ。

松平主任は常務から詳しい話を聞いてやはりショックを受けているようだった。仕方がないことだったと思うのだけど、そう単純に納得できないらしい。週明けに時間をとってゆっくり話をするってことでとりあえず落ち着いた。




疲労のたまった緒方さんの寝顔を見て、ほぅっと息をつく。

この人とのこの距離感が嫌じゃない。

好きなんだろうか。
”嫌いじゃない”というのは”好き”なんだろうか。
いや、嫌いじゃないと好きのあいだに”普通”という感情も存在するよね。
普通寄りの好きとか。

恋愛感情の好きと人間性が好きっていうのも違うだろうし。
わたしの緒方さんに対する感情はどれに当てはまるのかなんてまだよくわからない。

いずれにしてもすぐに結論は出さない。
返事はすぐでなくていいって言われたのだし。

数日前までは友人関係を深めていくつもりだったのだ。

ゆっくり考えさせてもらおう、彼の近くで。




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