シークレットの標的(ターゲット)
診察室には既に草刈先生がいてすぐに足のテーピングを外して診てもらう。
「あら、いい感じじゃないの。腫脹も変色も無し。痛みはどう?」
「体重をかけても問題はないんですが、内旋しながら屈曲するとちょっと痛い程度です」
「今日立ち仕事の予定は?」
草刈先生が確認するように私と主任の顔を見る。
主任は首を振り私が答える。
「事務仕事メインなんでほとんど無いです」
「オッケー。このまま様子見ましょうか。ムリはしないでね。まだ暫くパンプスは禁止で」
「はい、ありがとうございました」
靴下をはき直し、スニーカーを履く。
「で、主任はその顔どうしたの」
こちらが本題だというように草刈先生が主任に向かって顎をしゃくる。
「土曜日に姪や甥たちとバーベキューしててうっかり髪の毛を焦がしちゃって。ちょっとぼーっとしてたのよね。仕方なく髪の痛んだところをばっさり切ったらこんなにすっきりしちゃって」
ふふふと笑う表情もどこかさえない。
「わたしが言いたいのは髪じゃなくてメイクの話だけど」
「あー、うん、そうよね・・・」
主任は視線を泳がせる。
「主任、顔色悪いですよ」
「ちょっと眠れなかったからーーー今は時間も無いしまた昼休みにでも話すわね」
仕方ない。確かに診療開始時刻が迫っていて今は時間が無い。
私と草刈先生は残念に思いながら昼休みまで待つしか無かった。
昼休みになり、いつものように3人で集合するなり、主任が私に頭を下げた。
「ごめんね、大島さん。わたし伯父からあなたの様子を見るように言われてたの。何か変わったことがあったり誰かにしつこくされていたら教えるようにって。事情を知らなかったから単純に緒方君を狙っている女の子たちからの嫌がらせを防ぐように言われたんだと思ってて。だから、恋人がいる宮本さんの事は気が付かなかったの。まさか個人情報を抜き取って他社に渡そうとしていたなんて」
「あら、だったら、わたしもだわ。わたしは主人から緒方君の恋人には気をつけてあげた方がいいって言われてたのに様子を窺うだけで何も出来なくて」
主任と草刈先生の両方から頭を下げられて居心地が悪くなり、慌てて両手を左右に振った。
「待ってください、おふたりに謝ってもらうのはちょっと違うと思うんです。あれは避けようがなかったことだと思います」
でも、草刈先生、ご主人から気をつけてあげた方がいいと言われていたって?
「草刈先生もこの件、ご存知だったんですか?」
「そうなのよ。覚えてるかしら、私たちが三人で飲みに行った帰りにうちの主人と緒方君が一緒に迎えに来たことがあるでしょう」
「そういえば、あの時一緒に仕事をしている関係で先生のご主人と緒方さんが会食をしてたって言ったましたね」
「そう。今はもうその事業が緒方さんの手を離れて公になってるから言えるんだけど、開発途上国の医療設備を備えた教育施設がどうたらっていうものだったのよ。で、その医療施設のスタッフ支援を主人がしていた関係で会食していたの。事業が公になるまでは守秘義務とかあって話せなかったのよね。特に情報漏れがあったからその後の仕事も緒方さんと森山さんは慎重にならざるを得なかったみたい」
なるほどー。
一連の出来事の中でお二人がどういう立場で関わっていたのかを知ることが出来た。
やっぱりあの出来事はお二人にはどうすることも出来なかったことなんだと思う。
「わたしのことはもう気にしなくて大丈夫ですよ。悪いのは全部緒方さんのせいですからね-」
ふふんっと笑うとお二人の表情も少し緩んだ。
それでも主任の顔色はよくないけど。
「主任、宮本さんの事も主任のせいじゃないんですからあんまり気に病まない方が」
「そうよ。彼女自らが守秘義務違反をしたの。あなたのせいじゃないわ」
草刈先生も主任の責任を否定するけれど、やはり主任の顔は曇ったまま。
「それはわかっているんだけど、やっぱりね。ーーー金曜の夜に今回の件、伯父から全部聞いたの。ちょっとショックだったわ。裏でそんなことが起きていたなんてね。なぜもっと早く詳しく教えてくれなかったのかって伯父に食いついたりして」
「あら、いい感じじゃないの。腫脹も変色も無し。痛みはどう?」
「体重をかけても問題はないんですが、内旋しながら屈曲するとちょっと痛い程度です」
「今日立ち仕事の予定は?」
草刈先生が確認するように私と主任の顔を見る。
主任は首を振り私が答える。
「事務仕事メインなんでほとんど無いです」
「オッケー。このまま様子見ましょうか。ムリはしないでね。まだ暫くパンプスは禁止で」
「はい、ありがとうございました」
靴下をはき直し、スニーカーを履く。
「で、主任はその顔どうしたの」
こちらが本題だというように草刈先生が主任に向かって顎をしゃくる。
「土曜日に姪や甥たちとバーベキューしててうっかり髪の毛を焦がしちゃって。ちょっとぼーっとしてたのよね。仕方なく髪の痛んだところをばっさり切ったらこんなにすっきりしちゃって」
ふふふと笑う表情もどこかさえない。
「わたしが言いたいのは髪じゃなくてメイクの話だけど」
「あー、うん、そうよね・・・」
主任は視線を泳がせる。
「主任、顔色悪いですよ」
「ちょっと眠れなかったからーーー今は時間も無いしまた昼休みにでも話すわね」
仕方ない。確かに診療開始時刻が迫っていて今は時間が無い。
私と草刈先生は残念に思いながら昼休みまで待つしか無かった。
昼休みになり、いつものように3人で集合するなり、主任が私に頭を下げた。
「ごめんね、大島さん。わたし伯父からあなたの様子を見るように言われてたの。何か変わったことがあったり誰かにしつこくされていたら教えるようにって。事情を知らなかったから単純に緒方君を狙っている女の子たちからの嫌がらせを防ぐように言われたんだと思ってて。だから、恋人がいる宮本さんの事は気が付かなかったの。まさか個人情報を抜き取って他社に渡そうとしていたなんて」
「あら、だったら、わたしもだわ。わたしは主人から緒方君の恋人には気をつけてあげた方がいいって言われてたのに様子を窺うだけで何も出来なくて」
主任と草刈先生の両方から頭を下げられて居心地が悪くなり、慌てて両手を左右に振った。
「待ってください、おふたりに謝ってもらうのはちょっと違うと思うんです。あれは避けようがなかったことだと思います」
でも、草刈先生、ご主人から気をつけてあげた方がいいと言われていたって?
「草刈先生もこの件、ご存知だったんですか?」
「そうなのよ。覚えてるかしら、私たちが三人で飲みに行った帰りにうちの主人と緒方君が一緒に迎えに来たことがあるでしょう」
「そういえば、あの時一緒に仕事をしている関係で先生のご主人と緒方さんが会食をしてたって言ったましたね」
「そう。今はもうその事業が緒方さんの手を離れて公になってるから言えるんだけど、開発途上国の医療設備を備えた教育施設がどうたらっていうものだったのよ。で、その医療施設のスタッフ支援を主人がしていた関係で会食していたの。事業が公になるまでは守秘義務とかあって話せなかったのよね。特に情報漏れがあったからその後の仕事も緒方さんと森山さんは慎重にならざるを得なかったみたい」
なるほどー。
一連の出来事の中でお二人がどういう立場で関わっていたのかを知ることが出来た。
やっぱりあの出来事はお二人にはどうすることも出来なかったことなんだと思う。
「わたしのことはもう気にしなくて大丈夫ですよ。悪いのは全部緒方さんのせいですからね-」
ふふんっと笑うとお二人の表情も少し緩んだ。
それでも主任の顔色はよくないけど。
「主任、宮本さんの事も主任のせいじゃないんですからあんまり気に病まない方が」
「そうよ。彼女自らが守秘義務違反をしたの。あなたのせいじゃないわ」
草刈先生も主任の責任を否定するけれど、やはり主任の顔は曇ったまま。
「それはわかっているんだけど、やっぱりね。ーーー金曜の夜に今回の件、伯父から全部聞いたの。ちょっとショックだったわ。裏でそんなことが起きていたなんてね。なぜもっと早く詳しく教えてくれなかったのかって伯父に食いついたりして」