シークレットの標的(ターゲット)
クスクス笑う私に緒方さんは舌打ちをし、常務もにやにや笑いを深めた。

「のんちゃん、緒方くんに飽きたり小林くんの方がいいなと思ったら声をかけてね」

「常務っ」と緒方さんがまた私を背に隠す。

「だったら今夜のお店、緒方くんがのんちゃん連れてくかい?北京ダックが美味しい中華のお店を押さえてあるんだけど」

「北京ダック?!」

思わず声が出てしまった。
北京ダックですって。
北京ダックなんてここ数年味わってないわー。

「あ、のんちゃんは興味あるみたいだね」
常務がウフフと笑う。

「少人数対応もしてくれる特別なお店だからふたりでも大丈夫だけど、どうする?小林くん呼ぶ?」

「いえ。もちろん、俺が連れて行きます。俺が望海にご馳走します。ふたりで行きます」

即答した緒方さん。

「のんちゃんもそれでいい?」

常務に聞かれ、隣にいる緒方さんからの視線がびしびしと痛い。ここでみんなで行きたいなんて言おうものなら後で何を言われるか。

「はい」と頷くと隣から感じていた刺すような圧が弱まった。

「そっか、仕方ないな。じゃあふたりで行っておいで。お店の場所は後で緒方くんのスマホに連絡するから」

緒方さんは「ありがとうございます」と満足そうに頷いている。常務はにやにや。


「申し訳ないけど、のんちゃんには綾夜のフォローをもう少し頼みたいんだけどいいかな」

「私でお役に立てますか」

主任の話は聞いておきたい。
常務からみて主任はフォローが必要な状態なんだろうか。

「うん、もちろんだよ。僕も綾夜も草刈先生とのんちゃんの事は信頼しているからね。でも、のんちゃんはいままで通りでいいよ。あとはあの夫婦の問題だし」

「いままで通りでいいんでしょうか」

「そう。綾夜が何か言ったら聞いてやって。よろしくね」

ハイと言うと常務は嬉しそうに頷いた。

「じゃあまた。僕は今からドロンするから早希ちゃんに聞かれても僕のことはみてないって言ってねえ」

そう言って足早に駐車場内に去っていきあっという間に姿が見えなくなる。
前も思ったけど常務の足、早いんだよね。
あの体型のどこにあんな瞬発力が隠されているんだろう。


「緒方さん、成りゆきで私にご馳走することになってしまいましたけどいいんですか。割り勘にします?」

先日の出張からの帰国後は私がご馳走する予定だったはずだし、今日の中華はお値段が張ること間違いない。

「いや、俺がご馳走する。常務にもそう言ったしな。それに常務はそれを望海へのお詫びにするつもりだったんだから俺がご馳走するべきだろう。それにーーー」

「それに?」

「メシをご馳走したくらいで俺のしたことがチャラになるとは思ってないから。望海は気にするな」

ああ、まだ気にしてるんだ。
もういいって言ってるのに。

「じゃあ、今夜の中華のご馳走でいろいろリセットされるっていうのはどうかしら」




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