シークレットの標的（ターゲット）
望海は何も言わずこめかみを押さえている。

「主任の変装メイクだって彼女自身が自分でやめると決めたからあの日限りってことじゃなくて今もナチュラルメイクで出勤しているんだろう。それと同じさ。自分の大事なことは自分で決断しないとな」

「うんーー確かにね、今までもずっといろんな人からあのメイクをやめるように言われてたけど、どうしても不安でやめられなかったって言ってた。今回のことがきっかけで髪を切ってノーメイクで出勤して初めて今までの自分たちの異常さに気が付いたって。あんなメイクして自分を隠すような上司は部下に信頼されるはずがないって言ってたよ」

「あの奇天烈な化粧は旦那のためだったんだろ。夫婦関係はどうなったか聞いたか？」

「うん、主任のご主人って俳優の氷室隆矢だったのね。緒方さんは知ってた？」

「いや、そうなのか。それは知らなかったな。そうか芸能人だったのか。芸術関係の人間だと聞いたことがあったがそっちの世界とは思っていなかったな」

俳優の氷室隆矢のことで知っていることは多くない。
42才、既婚。舞台メインで活躍してきた実力派で数年前から俳優仲間の強い推薦でテレビ業界に進出して大成功しているーーーとこれはネット情報だ。

「舞台で活躍していたときは問題なかったのが、テレビに出演するようになってから氷室さんのプライベートが晒されるようになって奥さんを溺愛して心配する余り、自分と一緒にいるとき以外は変装メイクをするように頼んだ、なんて他人が聞いたら馬鹿みたいな話なんだろうけど本人たちは真剣だったから」

「そうだな」

一部の熱狂的ファンやマスコミがプライベートを暴こうと動いたなんて想像に難くない。
ただーーー

「やり過ぎなんだ」
「やり過ぎなのよ」

二人の声が揃いお互いに苦笑した。

「氷室さんの美人の奥さんを見せびらかしたいって気持ちもあるところが余計に話をややこしくしたんだと思わない？たまにおしゃれに着飾らせて連れ歩いてたっていうし。普段あんな格好させといて何なのよって思っちゃう」

男としてはわかる気もする。
誰にも見せずに閉じ込めておきたい仄暗い気持ちの自己満足と他人に見せつけたい自己顕示欲。
ただ、それを10年も歪な形で実行している男がいるとはーーーって感じだ。

「ご主人はナチュラルメイクにすることを反対したらしいよ。初めは聞いてくれなくて大変だったみたい。でも説得してようやく納得してくれたって。『女房の妬くほど亭主モテもせず』の女性版だって言ってたけど、主任のあのお顔はちょっとしゃれにならないくらい美しいからご主人の気持ちもわかる気がする」

自分で話しながらうんうんと望海が頷く。
確かに本当にあのタヌキの血縁か？と思うほど奇天烈な化粧を落とした松平主任は綺麗な女性だった。
氷室隆矢もなかなかのイケメンだ、二人でパーティーなどに行けば注目の的になること間違い無しだ。
虫が集まると心配だろうがな。

そっちも二人が二人で納得して解決していくしかない問題だ。
< 115 / 144 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop