シークレットの標的(ターゲット)
「望海、どうした?口に合わなかったか?」

心配そうな緒方さんの声にはっと我に返った。

「ううん、そんなことない。ごめんね、ちょっと仕事のこと思い出してぼーっとしちゃった」

慌てて誤魔化し目の前の鯵のマリネに手を付けた。

「美味しいよ、酸っぱすぎず甘すぎない。私好みでちょうどいい感じ。オニオンも程よく辛みが抜けてる」

緒方さんって料理上手なんだよね。
一品を手早くきちんと仕上げるタイプで何でもかんでも手作りにこだわるタイプじゃないこともいい。半調理品や出来合いのものも上手に追加してくれる。
私も料理は好きだけど、料理にばかり時間をかけることにはストレスを感じてしまう。

「望海が作ったこのオーブン焼きもスパイスきいてて旨いよ」

「ありがとう」

褒められると素直に嬉しい。
親に褒めてもらったことがない料理をこの人は些細なことでも褒めてくれる。
このオーブン焼きもそう。作っている途中で入れる野菜の種類とチキンのバランスがいいとか、ちょっとしたことにも気が付いてくれる。

「私の実家、洋食屋をしてるのよ」

「知らなかったな。食に興味があるのはそういうことか」

「そうなのかもね。親が、主に父がこだわる人だったから」

父親のことを思い出してちょっとブルーになる。
父親はこだわりが強い人で柔軟性に欠ける。たかが小学生の子どものお手伝いで作ったオムレツや野菜炒めにダメ出しをするような人だった。

「わたし、自分の作った料理を親に褒められたことがないの。だから、緒方さんに褒めてもらえて本当に嬉しいと思って」

褒められるって嬉しい。
褒めてもらえなかった過去は私の両親に対する気持ちを難しくする。

「実家は都内だったよな。たまには顔を出しているのか」

私は黙って首を横に振る。

「進学の時に揉めて。父は私に継いで欲しかったんだけど、私は看護師の仕事がしたくて。散々揉めて。祖母が間に入ってくれたから大学に進学できて就職したんだけど、病院辞めて企業に入ったら余計に気分を害したみたいで。病院辞めたのなら家に帰ってきて店を継げって怒鳴られたの。それから1回も実家には行ってない」

「兄弟は?」

「一人っ子なの」

「そうか。いろいろ難しいな、実家がなにかを経営をしていると」

「そうね・・・。ごめんなさい、こんな話するつもりじゃなかったのに。私はただ緒方さんがいつも褒めてくれるから嬉しくて。だから忘れて」

グラスのワインを飲み干してお代わりを強請ると注いでくれるけど、ちょっと真面目な顔になっちゃってる。空気悪くしちゃった。失敗したなあ。

「ね、これ緒方さんが気にすることじゃないから。もう忘れて夕飯食べよう」

それから話題を切り替えて夕食を続けた。
実家の話なんてするんじゃなかった。反省。





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