シークレットの標的(ターゲット)
すりすりすり、
ふにふに
すりすりすり
ふにふに
すりすりーーー
なぜか温かくくすぐったい感覚に気が付いて熟睡から半覚醒状態になる。
ぐっすりとソファーで寝ていたはずが背中や腰に当たるスプリングの感覚が違う。
薄目を開けてぎょっとした。
私のわきの下あたりに緒方さんの頭があって私に甘えるように頬擦りしていたのだから。
ひいいっと声を出しそうになってゴクリと飲み込む。
・・・落ち着こう。
イチ、おそらく、深夜目覚めた緒方さんにベッドに運ばれてこうして一緒に寝ているんだろう。
二、着衣に乱れがないから夜中《《には》》なにもされていない。
サン、過去の2回と同様に緒方さんは寝ぼけている。
ヨン、現在進行形で胸にすりすりされている・・・。
「緒方さん、起きて・・・寝ぼけてますよー」
くっついてくる顔を離そうとぐいぐいと両手で押してやると、「うーん」と不満げな声が漏れた。
「緒方さん、朝です。寝ぼけてますって、離れて~」
もう一度ぐいっと頭を押してやる。
「んんんー、メアリーもう少し寝かせてーー」
め、メアリー?????
緒方さんの口から出た名前に身体がぴきんっと固まる。
「いいだろ、もうちょっとーーー」
そう言ったかと思うと服の上からだけど、胸元にキスをされる。
「ん、いい子だ、メアリー・・・気持ちいいよ」
ぶっちーん
私の中で何かが切れる音がした。
メアリー、メアリー、メアリー
メアリーって誰よっ!
あっちこっちの外国に長期間滞在してるって言ってたから、恋人なの?現地妻なの?!
信じらんないっ。
もう一度頬を寄せてきた緒方さんの肩に思い切り噛みついて寝室を飛び出した。
「がぁっ」
背後で悲鳴のようなものが聞こえたけど、知るもんか。
着替えを持って洗面所に飛び込み鍵をかけた。
バシャバシャと水で顔を洗い、部屋着を脱ぎ捨てお気に入りのブラウスと紺色のパンツに着替える。
何なの、何なの、ホントに最低。
着ていた部屋着を紙袋に突っ込んでいると、洗面所の扉がノックされる。
「望海、なあ望海。ちょっとここ開けろ」
無視していると更にノックが続く。
「ソファーからベッドに運んだくらいでそんなに怒らなくてもいいだろ」
私が怒ってるのはそんなことじゃないし。
扉の向こうから聞こえるノックの音と緒方さんの私を呼ぶ声が気になってメイクをする気にもなれない。
「うるさいいい-」
扉を開けて仁王立ちする。
洗面所から出てきた私の姿を見て緒方さんが顔をしかめた。
「まさか、帰ろうとしてる?」
もちろんさ。
帰りますとも。じっとりとした恨みを込めた視線で頷く。
「は、なんで。今日は一緒に代々木公園の洋食フェスに行くって約束じゃないか」
何で勝手に帰ろうとしてるんだと腕組みをしている。
そっちこそ、私をその気にさせて実は余所に女がいたとは。
男は船で女は港なんて昭和な台詞が頭をかすめる。
長期出張先毎に彼女がいるとは考えたくないけど、少なくとも今この東京で身近にいる女は私だけだろう。
だけど、海外には?海外にはメアリーがいるの?
数週間を海外で過ごし、数日帰国するとまた暫く海外で生活するというサイクルで過ごしていた緒方さん。
明らかに先月までの彼の生活の拠点はここじゃない。
「フェスに行くならメアリーさんとどうぞっ!」
ムカムカして言い捨てるとリビングに置いたバッグを取りに行くために足を踏み出した。