シークレットの標的(ターゲット)

メアリーは体重およそ10キロのメインクーンの雑種ネコで、緒方さんがお世話になっていた大家さんちの飼い猫だった。
あの写真の二人が大家さんご夫婦というわけ。

メアリーは大家さんちの離れに間借りしていた緒方さんのベッドに忍び込み身体を擦り付けて寝るのがお気に入りだったそうで、緒方さんの方もふわふわもちもちで温かいメアリーの虜になっていたという。


紛らわしいわっ。

勘違いして飛び出そうとした自分が恥ずかしいし情けない。
おまけにあれじゃあ私がやきもちを焼いているのも丸わかりだっただろう。

ああ、もうやだっ。
消えてしまいたいほどの羞恥にソファーに突っ伏した。


「コーヒー淹れてくるよ」と緒方さんがキッチンに向かう。
私の勘違いを突っ込むことなく普通に離れてくれたのは非常にありがたいけれど、コーヒー入れたら戻ってくるよね。当然のことながら。
と言うことは、どのみちこの空気からは逃げ出せないわけだ。

緒方さんに外国の恋人がいなかったのは喜ぶべきことなんだけど、
喜ばしいことなんだけど、
うん。
その、
疑ってしまったこととか、
私が緒方さんの事を好きなことがバレてしまったこととか、
ーーーもうホントにどうしよう。

自分の恋愛偏差値の低さがいやになる。

神様、助けて。


「はい、コーヒーどうぞ。キャラメルシロップも入れておいたから飲んでちょっと落ち着こうか」

コーヒーを手に戻ってきた緒方さんは当たり前のように私の隣に座る。
当たり前のようにーーあれ、ちょっと距離が近くない?
今までは拳4つは離れていた距離が今はおそらく拳1つも離れていない。腿が触れ合うくらいに近い。

横向きでソファーに突っ伏したまま顔を上げられずにいると、不意に私の身体の上にふわりと大判の膝掛けが降ってくるようにかけられた。
頭から身体まですっぽりと覆われる。

「望海」

布越しに緒方さんの声がすぐ耳元で聞こえた。

膝掛けごと包まれるように抱かれていて胸がきゅんっとする。
恥ずかしいけど、これなら顔を見られず、しかも直接じゃないから恥ずかしさレベルは一段低い。

包まれている安心感とみられていない安堵感で身体のこわばりが抜けていく。
たかが布一枚。されどこの布一枚の効果は絶大。
私の意地っ張りな性格も包んで隠してくれる。

「望海のことが誰より好きだ」

再び聞こえた緒方さんの言葉に身体が痺れる。

「何度でも言うけど、望海がいい。望海が欲しい。ずっと側にいてくれ」

情熱的な言葉に身体の奥が切なくなる。こんな感覚初めてだ。
言って欲しかった、聞きたかった言葉がそこにあった。

「望海も俺のことが好きだって思っていてもいいか?」

嬉しくて声も出せずにこくこくとただ頷く。

「メアリーのことは・・・なんかごめん。ちょっと温かさで寝ぼけて勘違いしてたんだな」

「寝起き悪すぎでしょ」
膝掛けの下から声を出す。

「昔から寝起きが悪くて。大人になってもこれだけは直らないんだよ」

「私、毎回メアリーと勘違いされていたのね」

「たぶんそうだな、自覚なくてごめん。でも、望海の噛み癖のおかげでパチッと目が覚めたよ」

「噛み癖じゃないしっ」
がばっと膝掛けから顔を出したらそのまま頬にキスが落ちてきた。
恥ずかしさで顔から発火しそう。

「ああー、堂々と触れられる。どれだけこうしたかったか」

背中に両手が回されぎゅっと抱きしめられる。
うん、私も触れたかったよ。
かつてないほど胸の鼓動がうるさい。

「望海、キスしていい?」
「き、聞かないでよ」

そんなこと聞かないで欲しい。キスしたかったなら今までだってしてくれればよかったのに。

「いつもさーー」

私の首筋に緒方さんの唇が当たり背筋に電気が走ったような痺れが走る。
そこで喋らないで。

「いつも俺たち、夕飯の時にアルコールを飲むだろ。だからその後、キスしたいなと思っても出来なかったんだ。望海との初めてのキスはしらふの状態でしたかったから」

そう言うが早いかもう唇が塞がれていた。

一度唇が離れ再び重なる。
そこから二度三度と軽いキスをされ離れたと思ったら、今度は深いキスで私を翻弄してくる。
この男、悔しいけど、慣れてる。

偏差値の低い私にはどうすることも出来ずただその甘さを享受するのみ。


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