シークレットの標的(ターゲット)
「代々木公園行くよな?」
「うん。でも朝ご飯遅かったし、ランチと夕飯の間くらいの時間でいいよね?」
朝から愛の告白をしていた私たちはだいぶ遅くなってから朝ご飯を食べたせいでランチタイムにはお腹が空かない。
でも、代々木公園で開催されている『街の洋食フェス』に行かないという選択肢はない。
東京近郊の洋食屋が集まって開催する祭典でアルコールやスイーツのお店も出店する。今年は特に無名のお店も数多く出店するらしくネットで大々的に宣伝していたからかなりの集客が予想される。
一通り出店リストに目を通したけれど、出店店舗が多すぎてどこの何を食べるのかは決まっていない。
余りにも行列が長いところのは勘弁だし。かといって外れを引くのも悔しいし。
有名店の幾つかはお店に行ったことがあるからここは行ったことのないところを攻めるべきだろう。
そうすると、このカツレツと卵サンド、タンシチュー、カレーコロッケ、ラムのステーキか、串カツか・・・。
現地に行ってから決めようってことになったのだけど。
「どうしよう。決まらないっていうか決められない」
どれも美味しそうに見えるし、どれも食べたい。
困って緒方さんの顔を見ると仕方ないなあとでも言いたげに笑っている。
「緒方さんはもう決まった?」
「いろいろ買ってシェアするって言ったろ。俺はあれとあれ。あまり並んでないからすぐに買えそうだ。メインは任せたから決めろよ」
緒方さんが指差したお店は数人並んでいるくらい。
ランチタイムはとうにすぎているけれど、会場内はたくさんの人が集まっていてとても賑やかだ。
有名店は大行列で時間がかかりそう。
食べたいけど、あんまり並ぶのは好きじゃないんだよね。
「カツレツとチキングリルならどっちがいい?」
「じゃあチキンにしようぜ。魚のフリッターを買いに行こうと思ってたからカツレツだと揚げ物で被るだろ」
「そうだね、チキンにする。一緒に並ぶ?」
「チキンが一番時間がかかりそうだから、とりあえず望海が並んでて。その間に俺が他のもの買ってきて望海と合流するから」
「それじゃ緒方さんが大変だよ」
私はスマホ見ながら並んでいればいいけど、その間に緒方さんはあちこち行かなきゃいけなくなる。
「いいから、いいから。時間短縮。冷めないうちに一気に食べたいからな」
私を連れてチキングリルの列に着くと「買ったら戻ってくるから」と離れて行ってしまう。
何だか、私が甘えているのか、甘やかされているのか。
こんなに彼がマメな人だとは知らなかった。
会社での印象との違いにビックリ。下心ありの女性に塩対応なのはわかっているけど、部下の女性にはこうして優しいのかな。
いままで気が付かなかったけど、緒方さんがあれだけ人気があるのはたはだ将来性がありそうなイケメンってだけじゃないような気がする。
健診で顔を合わせた彼と同じ部署の女子社員たちが冷たくあしらわれていたのにめげずに誘っていたのは、緒方さんの裏にある優しさだったり懐に入れた者に対する面倒見の良さみたいなものをわかっているからなのかもしれない。