シークレットの標的(ターゲット)
彼の姿を目で探すと、スマホを手に少し離れたところにあるお魚のフリッターのお店の列に並んでいた。
あちらは列が短くあとふたりで彼の番。

スマホに視線を落としている彼に後ろに並んだ若い女性2人組が声をかけるのが目に入ってしまった。イヤな予感がする。

まさかナンパじゃないよね。
見た目がいいのよ。アクロスの新ご三家入りが有力視されているだけあって。

胃袋を捕まれ外堀固められて甘い言葉と甘やかしの沼にずぶずぶに浸けられてしまって忘れていたけど、緒方さんってとんでもないモテ男だった。

女性に話しかけられた緒方さんはスマホから顔を上げ彼女たちと何か話している。

途端に感じる胸のモヤモヤ感。

その人、私の彼だから。
ナンパしないで、誘わないで。

駆け寄って自分の存在をアピールして女の子たちを追い払いたい衝動にかられて何だかぞわぞわする。
モテ男と付き合うにはこんなストレスにも強くならなくてはいけないのだと気が付いてしまった。

いままで自分は独占欲も嫉妬心も人並みだと思っていたけれど、緒方さんに関してはそうではないかも。

例え彼の彼女たちに対する表情、それがアルカイックスマイルだとわかっていても彼と彼に近付く女性たちの様子を見ているのが辛い。

他の女性に笑顔を見せないで。

自分に自信がないからそんなことまで考えてしまう自分がイヤだ。
社会生活をしていく上で他者と関わることは必須なのに。

女性に話しかけられている彼の姿を見ていると、私の視線を感じたのか不意に彼が私の方を見て二人の視線がパチリと合った。

苦笑い?
笑みを浮かべた緒方さんはなおも話しかけてくる女性たちに何か二言三言話をすると女性たちに背を向ける。
程なくして彼の順番となり、無事にフリッターを購入した緒方さんが私の元に戻ってきた。

「ただいま」
「おかえり」
笑顔の緒方さんに返事をしたけど、まだモヤモヤが続いていてぶっきらぼうな返事になってしまった。ああー、なんかこういうのやだ。

「チキンはまだまだだな。よし、俺次はあっちでもう一品買ってくるからここで並んで待ってろ」

え、待って。
止める間もなく緒方さんは次の列に行ってしまった。
彼の姿を目で追うと、スタスタと迷いなく目的の店の列に向かっている。

私と買い物や散歩するときとは大違い。
いつもゆっくりと散策するように歩いてくれる。それがあちこちふらふらする私に合わせてくれているんだと今気が付いた。

もしかしてすごく気を遣わせているんじゃないの?

自分のペースを狂わせて私のペースに合わせてくれていることに胸がチクリとする。緒方さん、ムリしてないかな。

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