シークレットの標的(ターゲット)
黙りこくった私の肩に緒方さんの大きな手が置かれる。
ポンポンと宥めるような慰めるようなリズムに知らず知らずに肩に入っていた力が深呼吸と共に抜けていく。
「後でのぞいてみるか?親父さんたちの後を継ぐことになった人たちの店」
縋るように緒方さんをみると、穏やかな笑みを浮かべて私に頷くから、私は黙って小さく頷いた。
「ほら、口開けろ」
口元に差し出されたスプーンに乗ったアイスがかかったアップルパイをパクリと口に入れる。
いい年をしたオトナであることも、人前であることも今は忘れ差し出されたアップルパイを頬張った。
間違いない。
これは《《私の》》味だ。
これを実家で最後に作ったのは高校生の夏休み。
看護学部への進学を説得してくれた祖父母に感謝をこめて作ったのだった。
父の分は作っていない。
昔作ったときの父の反応が酷かったのだ。
まだ中学生になったばかりの私にブランデーの香りが強すぎる、リンゴの品種もレーズンとのバランスも悪いと散々文句を付けられた。
だったらもう食べくれなくていいと泣いて部屋に閉じこもったくらい傷ついた。
冷凍パイシートに関しては文句を言われても仕方ないと思ったけれど、その他に関してはただの子どもが作ったものなのだからあの言い方は酷い。わたしは父の弟子じゃない。
店舗と自宅は別々で離れていたのが救いだった。
父は朝の仕入れからランチタイム営業とディナータイムの営業があって自宅には眠るために帰ってきているだけだったから父親との会話はほとんどないに等しかった。
なのに、どうしてこれが今お店の味みたいな事になっているのか。
自宅とお店を行ったり来たりの忙しい母を思い、子どものころからわたしが家事を手伝うようになったのは当然のようなもので、洗濯や掃除などは積極的にやっていた。
冷蔵庫にある食品はそれなりのものが揃っていたし、お店の仕込みの残りなどを普段から口にしていたから味覚だけは育ったけれど。
そんなこともあって、すれ違いの生活でコミュニケーションをとれないまま高校卒業と同時に家を出て祖父母の家から大学に通ったものの就職は東京に戻るようにと祖父母に強く説得されて仕方なく東京に戻った。
もちろん実家には戻らずアパート暮らし。
病院勤務を辞めて企業に入ったのは元々健康管理の仕事に就きたかったからで、わたしにとっては病院に勤務していたことの方が臨床経験を積むためのいわば下積みだった。
あれから両親とはわかりあえないまま。
それなのに、
このアップルパイは何だというのだろうーーーーー
気持ちは落ち着かなかったけれど、緒方さんに勧められて父のお弟子さんが出店しているところに連れて行ってもらった。
行く前に緒方さんが公園の、こんなところでイチャイチャと私にあれこれするから恥ずかしくて両親への複雑な感情もどっかに飛んで行ってしまっただけなんだけどねっ。
まだイベント終了時間にはずいぶんと間があるのに、このお店はもう飲み物の販売だけになっていてデザートは売り切れてしまったらしい。キッチンは片付け作業に入っていた。
「すみません」と緒方さんが声を掛けると、作業をしていたエプロン姿の30代半ばくらいの女性が顔を上げる。
「あら緒方さん、こんにちは。ってことは彼女がーーーああ、親父さんにもママさんにも似ているわね。ーー剣ちゃーん、親父さんとこのお嬢さんよー!」
女性の口から緒方さんの名前が出てきてチクリと胸に刺さる。
どういうこと?緒方さんはこの女性の知り合いとかーーー?
女性が店奥に声を掛けるとうちの父親と同じ白のコックコートを着た男性が飛び出すように転がり出てきた。
女性と同じくらいの年齢の男性は私を見ると「うん、そっくりだ」ととても嬉しそうな顔をした。
わたし1人だけ状況が飲み込めない。
ポンポンと宥めるような慰めるようなリズムに知らず知らずに肩に入っていた力が深呼吸と共に抜けていく。
「後でのぞいてみるか?親父さんたちの後を継ぐことになった人たちの店」
縋るように緒方さんをみると、穏やかな笑みを浮かべて私に頷くから、私は黙って小さく頷いた。
「ほら、口開けろ」
口元に差し出されたスプーンに乗ったアイスがかかったアップルパイをパクリと口に入れる。
いい年をしたオトナであることも、人前であることも今は忘れ差し出されたアップルパイを頬張った。
間違いない。
これは《《私の》》味だ。
これを実家で最後に作ったのは高校生の夏休み。
看護学部への進学を説得してくれた祖父母に感謝をこめて作ったのだった。
父の分は作っていない。
昔作ったときの父の反応が酷かったのだ。
まだ中学生になったばかりの私にブランデーの香りが強すぎる、リンゴの品種もレーズンとのバランスも悪いと散々文句を付けられた。
だったらもう食べくれなくていいと泣いて部屋に閉じこもったくらい傷ついた。
冷凍パイシートに関しては文句を言われても仕方ないと思ったけれど、その他に関してはただの子どもが作ったものなのだからあの言い方は酷い。わたしは父の弟子じゃない。
店舗と自宅は別々で離れていたのが救いだった。
父は朝の仕入れからランチタイム営業とディナータイムの営業があって自宅には眠るために帰ってきているだけだったから父親との会話はほとんどないに等しかった。
なのに、どうしてこれが今お店の味みたいな事になっているのか。
自宅とお店を行ったり来たりの忙しい母を思い、子どものころからわたしが家事を手伝うようになったのは当然のようなもので、洗濯や掃除などは積極的にやっていた。
冷蔵庫にある食品はそれなりのものが揃っていたし、お店の仕込みの残りなどを普段から口にしていたから味覚だけは育ったけれど。
そんなこともあって、すれ違いの生活でコミュニケーションをとれないまま高校卒業と同時に家を出て祖父母の家から大学に通ったものの就職は東京に戻るようにと祖父母に強く説得されて仕方なく東京に戻った。
もちろん実家には戻らずアパート暮らし。
病院勤務を辞めて企業に入ったのは元々健康管理の仕事に就きたかったからで、わたしにとっては病院に勤務していたことの方が臨床経験を積むためのいわば下積みだった。
あれから両親とはわかりあえないまま。
それなのに、
このアップルパイは何だというのだろうーーーーー
気持ちは落ち着かなかったけれど、緒方さんに勧められて父のお弟子さんが出店しているところに連れて行ってもらった。
行く前に緒方さんが公園の、こんなところでイチャイチャと私にあれこれするから恥ずかしくて両親への複雑な感情もどっかに飛んで行ってしまっただけなんだけどねっ。
まだイベント終了時間にはずいぶんと間があるのに、このお店はもう飲み物の販売だけになっていてデザートは売り切れてしまったらしい。キッチンは片付け作業に入っていた。
「すみません」と緒方さんが声を掛けると、作業をしていたエプロン姿の30代半ばくらいの女性が顔を上げる。
「あら緒方さん、こんにちは。ってことは彼女がーーーああ、親父さんにもママさんにも似ているわね。ーー剣ちゃーん、親父さんとこのお嬢さんよー!」
女性の口から緒方さんの名前が出てきてチクリと胸に刺さる。
どういうこと?緒方さんはこの女性の知り合いとかーーー?
女性が店奥に声を掛けるとうちの父親と同じ白のコックコートを着た男性が飛び出すように転がり出てきた。
女性と同じくらいの年齢の男性は私を見ると「うん、そっくりだ」ととても嬉しそうな顔をした。
わたし1人だけ状況が飲み込めない。