シークレットの標的(ターゲット)
「俺たちまだ話し足らないから都心に戻って三軒茶屋の辺りで飲もうかと思ってるんだ。大島さんもどう?」
篠原君、北田君だけじゃなくて顔見知りの女子の姿もある。
「うん、行きたい。誘ってくれてありがとう」
今日は森山君と話ができていなかったし、三軒茶屋からならアパートに帰りやすい。
羨ましがるなっちゃんと別れて男女8人で三軒茶屋に向かった。
移動中に女子の西野さんが同業者だと知り意気投合したことは大きな収穫だった。
着いたのは森山君の知人の経営するおしゃれな居酒屋。
バーのような照度を落としたライティングに和洋折衷のインテリア。
出された料理もおしゃれで味もいい。
もちろんお酒も。
同級生と飲むお酒は美味しい。
西野さん相手にお互いの職場の悩みを打ち明けたりしながら、聞き上手の北田君に愚痴をこぼしつつ話上手の森山君の話に耳を傾けたり。
みんな酔っていた。
28歳、そろそろいい大人になって新たな悩みや葛藤がある年頃で、みんなが各々何かを抱えていた。
高校の同級生とは仕事が絡んだ付き合いではなく、お互いの昔を知っているという気軽さで、みんなの気持ちが緩んでいたのだと思う。
途中から森山君の知人だという店のオーナーさんやその知人たちも輪に加わって、飲んで騒いでの大宴会になってしまい、結果みんなちょっと飲み過ぎた。
帰りは同じ方向の人同士でタクシーに乗ることになったのだけど。
「大島、帰るぞ。そっちのタクシーは満車だ」
え、森山君とうちは同じ方向だと思ったんだけど。
なぜか私は別の誰かに腕を引っ張られ別のタクシーに乗せられた。
「全く、どれだけ飲んだんだ。最寄り駅から先の住所は言えるんだろうな」
「言えるわよ。言えるに決まってるでしょ」
「なんでそんなに反抗的なんだ」
「だって、森山君とまだ話したかったのにどうして別のタクシーに乗らなきゃいけないのよ」
私は頬を膨らませた。
そういえば、私の隣に座るこの人、北田君でも篠原君でもない。あれ?誰?お店の人?
タクシーの車内の薄闇の中、目を凝らして男の顔を確認するーーー
「え、嘘。緒方凌雅?なんでここに」
隣に座っているのは同じ会社の、あのシークレット、海事の緒方さんだ。
「ど、ど、ど、ど、どうして」
驚きすぎて、心臓がどくんと大きく高鳴った。と同時に急に血液が身体の中を駆け巡り頭痛がし始める。
「たまたま店に飯を食いに行ったら森山が同級生を連れて騒いでいるところに出くわしただけだ。俺は友人が同じ会社の人間に食われそうになってたみたいだから友人を守ろうとしたんだが」
友人が同じ会社の人間に食われそうになっていた?
緒方さんって森山君の友人?
でも、そんなことより何を言ってるの、この人。
「私が、森山君を襲おうとしていたって言うの」
怒鳴りたいところだけど、怒りを抑えて隣に座る男を睨みつけた。
「ああ、間違ってないだろ。珍しく森山も酔っていたからうまくいけば持ち帰れただろうな」
「失礼ね。そんなこと考えていなかったわよ」
なんてことを言うんだ、この男は。
怒りで目の奥がチカチカしそう。