シークレットの標的(ターゲット)

答え合わせのようなもの




「大島さん、聞いてくださいよ~」

救護室の朝一番のお客さんは今日も小池さんだった。

近ごろ彼女は私の早朝出勤に合わせるように早く出社してきて、人のまばらな時間に私とプライベートな会話をするようになっていた。

確かに私は昼休みの大半は私は草刈先生や主任とドクター控え室にお邪魔してることが多いし、仕事の後は小池さんの方がすぐに退社してしまうからお互いにゆっくり話をするようなタイミングってものがない。
だから、朝、らしい。
自主的に就業時間前に来て救護室の鍵を開けているだけだから、プライベートな話をしていても問題がない。

「昨日、また長谷部さんとパーティーに行ってきたんですけど、1時間もしないうちに帰らされちゃって、紹介されたのは中年のおじさんと女性ばっかり。招待客の中には若手IT社長とかプロアスリートとかいたのに。おまけに何にも飲み食い出来なかったしもう最悪」

プリプリと口を尖らせ昨日は何も収穫がなかったとおかんむりだ。

「小池さんとタツハセベの関係って本当のところどうなってるの?付き合ってるんじゃなかったの?毎週おうちに呼ばれてデートしてるよね」

「だーかーらー、長谷部さんって実は私とそっち方面でどうこうなろうとは思ってなかったんですよ。ホントむかつく。“気に入った”とか”俺とだけパーティーに行こう”とか”君は俺だけのパートナーだ”とか言われてまんまプリティーウーマンみたいに磨いてくれるし貢いでくるから、ついこっちもその気になったのに向こうはそうじゃなかったなんて」

「え、どういうこと?」

「長谷部さんが気に入ったのは私のこの普通の女子って存在なんですよ。自分のデザインしたものをブランドモデルとか女優とかに着せて宣伝するだけじゃ物足りなくて、ちゃんと実在する《《普通の》》女が着てもこんな感じにお洒落だよってのを自分が連れ歩いて宣伝したいがために選ばれたんです、わたしは」

「は?だって、自宅マンションだって出入りする関係になったって・・・」

「あの、私が自宅マンションだと思ってたのは、仕事が遅くなったときに泊まる用に持ってた別宅だったんですー。それに、彼が連れ歩いてたのは私だけじゃなくて、平日昼のパーティーに連れていく《《普通の》》主婦って人もいて。会社員の旦那さんがいる普通の主婦さんが平日昼担当。私が平日夜と休日担当の『タツハセベ』の広告塔だったんですよっ」

ま、まじかー。
やっぱり一般人には手に余るお相手だったってことなのね。
衝撃の事実にくらりとする。

「本気で好きになる前に知ってよかったですけど。だから、こっちも条件出したんですよ。私は婚活がしたいと。向こうは自分と一緒にいる時間の飲食代、私の美容エステ代とドレスと靴の無償提供だけにしたかったらしいんですけど、それだといつまで経っても結婚できそうもないんで会場で婚活したいと言ってやりました」

「おおー、さすが」

「そしたらブランドの品位が下がると困るって言われちゃって。だから大っぴらにやるな、その代わり会場で良さそうな相手をこっそり紹介するってことで納得したんです。ーーーそれなのにっ。昨日は誰も紹介してくれないし、その前は若手アイドルとか。あいつらはみんな恋愛禁止だっつーの」

私は玉の輿結婚がしたいのにーと叫ぶ小池さんに「ちょっと甘いものでも食べて落ち着いて」と持ってきていたクッキーを差し出した。

最近お気に入りのクッキーで、ナッツと生地のサクサク感が堪らない。

「ありがとうございます。いただきます。あーでもこれ、シークレットさんからもらった物じゃないんですか」

「す、鋭いね。何でわかるの」

そう。小池さんの言うとおりこれは緒方さんから出張のお土産と言ってもらった物なんだけど。1人で食べきれないほど余りにたくさんだったから緒方さんの許可をもらって会社に持ってきたのだ。
まさか、小池さんまだ緒方さんのストーカーもどきの行為をしてるってことはないよねーーー?

「してませんよ、もうシークレットさんには興味ないですから。どうして私が知っているかというと、東京駅で見たからですよ。お土産一杯抱えてるシークレットさんの姿を」

ホントに愛されてますねぇ、とさくさくクッキーを次々と口に運んでいく。

「この間の出張は国内だったんですよね。じゃああの噂も本当ですか?」

「噂って?」

「地方の支社勤務になるんじゃないかって話ですよ。ここの幹部たちって皆さん一度は地方勤務経験してますからねぇ。先週発表された海外事業部の課長になった小林さんだってその前は北海道とイタリア勤務してますよね。あの副社長だって九州、近畿と回ってから本社で副社長に就任しましたし。若いうちにいろんなところで経験を積ませるのがここのやり方なんじゃないんですか。緒方さんは海外経験は多いですけど、国内経験は少ないですからこの先のことを考えたら地方に出されてもおかしくないと思うんですよね」

寝耳に水とはこのことで、緒方さんに転勤の噂があるなんて全く知らなかった。

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