シークレットの標的(ターゲット)
「そんな噂があったなんて知らなかったんだけど」
「噂ですよ、あくまで噂。緒方さんってエリートだから、既定路線に乗ればそんなこともあるんじゃないかって話です。ホントにそうだったらすぐに大島さんに話してくれますって。あ、ほら大島さんも仕事前にエネルギーチャージしましょ」
驚きで白くなりかけた私に慌てたように小池さんがクッキーを勧めてきた。
そうか、言われてみればここのエリートさんたちの多くが地方勤務を経て昇進している印象がある。私たちは特殊な資格持ちなため該当しないってだけで。
だとしたら緒方さんはもちろんそちら側の人だろう。
小池さんの言うことがただの噂ではないような気がする。
地方転勤ーーー即ちそれは遠距離恋愛。
両思いだと確信したところで遠距離に突入とか、私ってツイてない。
緒方さんなら支社に行ってもモテるんだろうな・・・。
あー、なんだかモヤモヤする。
「おはようございますーーって朝からずいぶん甘くて美味しそうな匂いがするわね」
出勤してきた主任に指摘されてはっとすると、大島さんと2人で朝から信じられないほどのクッキーを口に運んでいた。
まずい、食べ過ぎた。
部屋に置いておくと食べ過ぎてしまうからここに持ってきたというのにこれじゃ本末転倒だ。
「あ、主任おはようございます。主任もどうですか、これ大島さんの差し入れですけどね-」
「おはようございます。主任も是非」
こうなったらスタイル抜群の主任も巻き込んでしまえとばかりに大島さんと2人でずずっとクッキーを主任の前に差し出す。
「ありがとう、でもお昼にいただくわ」
「いえ、そう言わず。美味しいですから食べてみてくださいよ。それにお昼になるともう無くなってるかもですよ」
「そんなに美味しいの?」主任の問いに
「それはもう!」と大島さんの言葉に私もこくこくと頷く。
そう言って出勤してきたスタッフを次々と道連れにし、たくさんあったクッキーは朝のひとときのうちにスタッフの胃袋に納めることに成功した。
だって1人で太るなんて悔しいし。
「あー、もう食べられない」
「私も」
「私もだわ。もう誰のせいかしら」
お昼休み、私は主任と草刈先生に睨まれていた。
「すみません、私のせいですね」
みなクッキーのせいでお腹が空かないのだ。
とはいえ、先生は旦那様手作りのお弁当を残すわけにはいかないと必死に食べていた。ーーー申し訳ない。
松平主任はあれからピタリと変装メイクをやめた。
大人ボブスタイルは顔が丸見えだけど隠すそぶりはない。
いまいちダサかった通勤スーツも洗練された物に変わっていた。
おかげで健康診断を受けに来た社員さんたちも主任を見て二度見、三度見してはあんぐりと口を開けるのだ。
今はご主人も納得しているらしい。
ご主人との関係も良好だと言うからよかった。
「主任、うちの会社ってエリートコースに乗ると地方転勤になるってホントですか」
身近にいる会社の事情に詳しいであろう常務の姪御さまに聞いてみる。
「んー、まあ絶対って事でもないでしょうけど、そんな流れになっているかもしれないわね」
「・・・緒方さんってエリートコースですよね」
ああ、と主任と草刈先生が納得したように同時に頷く。
「緒方君って本社勤務だったけど、実際会社にいた時間より海外の方が長かったわよね。それでも地方に行かされるのかしら?」
草刈先生が首を傾げる。
そう、そうなのだ。
本社以外の経験が必要なら海外の経験だって本社の経験ってことにはならないんじゃないかな。だから地方に行かさなくてもーー。
「海外ね~。どうかしら。今までのパターンだと海外事業部のメンバーでも地方勤務になった人もいたし、地方を経験しないで都内の子会社を回る人もいたし。地方勤務が必須ってことじゃないと思うけど。私は幹部じゃないから詳しいことはわからないわね。伯父に聞いてみる?」
「あ、いえ。常務になんてとんでもないです。大丈夫です」
慌てて遠慮すると草刈先生がくすりと笑う。
「ついてっちゃえばいいじゃない」
「・・・まだそんな関係じゃないですし」
「時には勢いも必要よ~」
他人事だと思って草刈先生は軽く言いますけどっ。
地方転勤かーーー
すぐじゃなくてもそのうちあるんだろうな。
そしたら私はさみしさに耐えられるんだろうか。
かといってついて行く勇気はない。
知らない土地で就活して新しい職場で働いて、住むところはどうする?
緒方さんの部屋に押しかける?
でもそんなことしてもし別れることになったら?
緒方さんが本社に戻ることになったら?
私はどうする?
そんなことでふらふらする?
ズブズブの罠にかかって日々甘えて過ごしているのに突然放り出されたらーーーどうしよう。
胸がざわざわとする。
「噂ですよ、あくまで噂。緒方さんってエリートだから、既定路線に乗ればそんなこともあるんじゃないかって話です。ホントにそうだったらすぐに大島さんに話してくれますって。あ、ほら大島さんも仕事前にエネルギーチャージしましょ」
驚きで白くなりかけた私に慌てたように小池さんがクッキーを勧めてきた。
そうか、言われてみればここのエリートさんたちの多くが地方勤務を経て昇進している印象がある。私たちは特殊な資格持ちなため該当しないってだけで。
だとしたら緒方さんはもちろんそちら側の人だろう。
小池さんの言うことがただの噂ではないような気がする。
地方転勤ーーー即ちそれは遠距離恋愛。
両思いだと確信したところで遠距離に突入とか、私ってツイてない。
緒方さんなら支社に行ってもモテるんだろうな・・・。
あー、なんだかモヤモヤする。
「おはようございますーーって朝からずいぶん甘くて美味しそうな匂いがするわね」
出勤してきた主任に指摘されてはっとすると、大島さんと2人で朝から信じられないほどのクッキーを口に運んでいた。
まずい、食べ過ぎた。
部屋に置いておくと食べ過ぎてしまうからここに持ってきたというのにこれじゃ本末転倒だ。
「あ、主任おはようございます。主任もどうですか、これ大島さんの差し入れですけどね-」
「おはようございます。主任も是非」
こうなったらスタイル抜群の主任も巻き込んでしまえとばかりに大島さんと2人でずずっとクッキーを主任の前に差し出す。
「ありがとう、でもお昼にいただくわ」
「いえ、そう言わず。美味しいですから食べてみてくださいよ。それにお昼になるともう無くなってるかもですよ」
「そんなに美味しいの?」主任の問いに
「それはもう!」と大島さんの言葉に私もこくこくと頷く。
そう言って出勤してきたスタッフを次々と道連れにし、たくさんあったクッキーは朝のひとときのうちにスタッフの胃袋に納めることに成功した。
だって1人で太るなんて悔しいし。
「あー、もう食べられない」
「私も」
「私もだわ。もう誰のせいかしら」
お昼休み、私は主任と草刈先生に睨まれていた。
「すみません、私のせいですね」
みなクッキーのせいでお腹が空かないのだ。
とはいえ、先生は旦那様手作りのお弁当を残すわけにはいかないと必死に食べていた。ーーー申し訳ない。
松平主任はあれからピタリと変装メイクをやめた。
大人ボブスタイルは顔が丸見えだけど隠すそぶりはない。
いまいちダサかった通勤スーツも洗練された物に変わっていた。
おかげで健康診断を受けに来た社員さんたちも主任を見て二度見、三度見してはあんぐりと口を開けるのだ。
今はご主人も納得しているらしい。
ご主人との関係も良好だと言うからよかった。
「主任、うちの会社ってエリートコースに乗ると地方転勤になるってホントですか」
身近にいる会社の事情に詳しいであろう常務の姪御さまに聞いてみる。
「んー、まあ絶対って事でもないでしょうけど、そんな流れになっているかもしれないわね」
「・・・緒方さんってエリートコースですよね」
ああ、と主任と草刈先生が納得したように同時に頷く。
「緒方君って本社勤務だったけど、実際会社にいた時間より海外の方が長かったわよね。それでも地方に行かされるのかしら?」
草刈先生が首を傾げる。
そう、そうなのだ。
本社以外の経験が必要なら海外の経験だって本社の経験ってことにはならないんじゃないかな。だから地方に行かさなくてもーー。
「海外ね~。どうかしら。今までのパターンだと海外事業部のメンバーでも地方勤務になった人もいたし、地方を経験しないで都内の子会社を回る人もいたし。地方勤務が必須ってことじゃないと思うけど。私は幹部じゃないから詳しいことはわからないわね。伯父に聞いてみる?」
「あ、いえ。常務になんてとんでもないです。大丈夫です」
慌てて遠慮すると草刈先生がくすりと笑う。
「ついてっちゃえばいいじゃない」
「・・・まだそんな関係じゃないですし」
「時には勢いも必要よ~」
他人事だと思って草刈先生は軽く言いますけどっ。
地方転勤かーーー
すぐじゃなくてもそのうちあるんだろうな。
そしたら私はさみしさに耐えられるんだろうか。
かといってついて行く勇気はない。
知らない土地で就活して新しい職場で働いて、住むところはどうする?
緒方さんの部屋に押しかける?
でもそんなことしてもし別れることになったら?
緒方さんが本社に戻ることになったら?
私はどうする?
そんなことでふらふらする?
ズブズブの罠にかかって日々甘えて過ごしているのに突然放り出されたらーーーどうしよう。
胸がざわざわとする。