シークレットの標的(ターゲット)
どこかに行っていた松平主任が戻ってきたのは午後の仕事がはじまってから間もなくだった。
行き先はおそらく常務のところだったと思うけれど、仕事中に個人的な話をするわけにもいかない。
諦めて自分の午後の担当業務である保健面談へと向かった。
さ、仕事仕事。
気になるけど、考えるのは今じゃない。
緒方さんの事を考えないように面談をしていると午後の勤務時間はあっという間だった。
自分のデスクで仕事をせずに済んだこともありがたい。デスクにいたら主任のところに「何かわかりましたか?」と聞きに行きたくなっただろうし、午後の間中小池さんから気の毒そうな視線を向けられていただろうし。
退勤時刻になり、いつものように一番に小池さんが席を立ちそのまま帰るかと思ったら私のところにやって来た。
「大島さん、何かあったら何時でも電話してくれていいですからねっ。話を聞くことも出来ますし、何ならお泊まりに行ってあげてもいいですから。金曜なんで今から例のところに行かなきゃなんですけど、遅い時間は空いてますからね」
え、えええっと。
これはもしかして小池さんが気を遣って私のこと慰めてくれているんだろうか。
小池さんの真面目な顔に思わずくすりと笑ってしまった。
わかりにくいけど、いい子だわ。
「ありがとう。大丈夫だと思うけど、もしどうしようもなく困ったら連絡させてもらうわ」
「はい、じゃあ私時間ギリギリなんで行きますね。お疲れ様でした-」
そう言って小池さんはいつものようにあっという間に帰って行った。
「かわいいところもあるじゃない、責任感じてるのね」
気が付くと背後に主任が立っていた。
「そうみたいですね。意外とかわいい後輩です」
「手はかかるけど」
「間違いないです」
ふふふと笑ってしまった。
親しかった宮本さんが退職してしまい大丈夫かなと思ったけれど、小池さんの仕事に対する姿勢や主任に対する態度が変わったことで他のスタッフとの関係もよくなっている。
「さっきの話なんだけどね、」
主任の言葉に思わず身体に力が入ってしまう。
やっぱり常務のところに行っていたんだろう。聞きたいような聞きたくないような。
「岡村さんの事は報告したけど、それ以外には情報は得られなかったの、ごめんなさいね」
主任がしゅんっと眉を下げる。
そうしてまだ残っている他のスタッフに聞こえないように小さな声で「やっぱり人事は秘密だって」と残念そうに囁いた。
「大丈夫です」とこちらも小声で返した。
こちらも本人が知っているかどうかもわからない状態で他人の私が人事情報を知るわけにはいかない。
他の人の目も耳もあるし主任とそれ以上の会話はせず私も自分の荷物を手にした。
「では私も帰りますね」
「ええ。お疲れ様でした。小池さんだけじゃなく、私にもいつでも連絡していいのよ?」
主任の心配そうな顔にありがたいと思いながら「困ったときには頼ります」と微笑みを返した。
帰りの地下鉄の中でずっと悩んでいた。
緒方さんに仕事が終わったら電話が欲しいとメッセージを入れるのはいいけれど、電話をもらってもどう切り出していいかということだ。
私は緒方さんから転勤の話なんて聞いたことはないけれど、エリートコースの人たちの多くが出世に地方勤務ありきだということならいずれはと緒方さんだって覚悟しているってことだろう。
内示前だけど、緒方さんが知っている可能性がないとは言えない。
でももし知らなかったら?ぐるぐると思考が回る。
結局メッセージを入れたのは夜10時を過ぎてからだった。
メッセージを打つのにもドキドキして手が震えそうだったのだけど、彼からすぐに電話がかかってきた。
『望海が連絡欲しいなんて珍しいけど、何かあった?』
「今大丈夫?もう仕事は終わってる?」
『いや、まだ途中なんだ。ちょっと抜け出してきた』
「まだ仕事中だったのね。だったらいいの、急ぐ用事じゃないし。ーーちょっと声が聞きたかっただけ。ごめんね」
仕事中だと聞いてスッと頭が冷え冷静になった。
まだ仕事中なのに転勤の話をするわけにはいかない。
どう切り出していいかもよくわからないし、話をするのは緒方さんが戻ってからにしよう。
行き先はおそらく常務のところだったと思うけれど、仕事中に個人的な話をするわけにもいかない。
諦めて自分の午後の担当業務である保健面談へと向かった。
さ、仕事仕事。
気になるけど、考えるのは今じゃない。
緒方さんの事を考えないように面談をしていると午後の勤務時間はあっという間だった。
自分のデスクで仕事をせずに済んだこともありがたい。デスクにいたら主任のところに「何かわかりましたか?」と聞きに行きたくなっただろうし、午後の間中小池さんから気の毒そうな視線を向けられていただろうし。
退勤時刻になり、いつものように一番に小池さんが席を立ちそのまま帰るかと思ったら私のところにやって来た。
「大島さん、何かあったら何時でも電話してくれていいですからねっ。話を聞くことも出来ますし、何ならお泊まりに行ってあげてもいいですから。金曜なんで今から例のところに行かなきゃなんですけど、遅い時間は空いてますからね」
え、えええっと。
これはもしかして小池さんが気を遣って私のこと慰めてくれているんだろうか。
小池さんの真面目な顔に思わずくすりと笑ってしまった。
わかりにくいけど、いい子だわ。
「ありがとう。大丈夫だと思うけど、もしどうしようもなく困ったら連絡させてもらうわ」
「はい、じゃあ私時間ギリギリなんで行きますね。お疲れ様でした-」
そう言って小池さんはいつものようにあっという間に帰って行った。
「かわいいところもあるじゃない、責任感じてるのね」
気が付くと背後に主任が立っていた。
「そうみたいですね。意外とかわいい後輩です」
「手はかかるけど」
「間違いないです」
ふふふと笑ってしまった。
親しかった宮本さんが退職してしまい大丈夫かなと思ったけれど、小池さんの仕事に対する姿勢や主任に対する態度が変わったことで他のスタッフとの関係もよくなっている。
「さっきの話なんだけどね、」
主任の言葉に思わず身体に力が入ってしまう。
やっぱり常務のところに行っていたんだろう。聞きたいような聞きたくないような。
「岡村さんの事は報告したけど、それ以外には情報は得られなかったの、ごめんなさいね」
主任がしゅんっと眉を下げる。
そうしてまだ残っている他のスタッフに聞こえないように小さな声で「やっぱり人事は秘密だって」と残念そうに囁いた。
「大丈夫です」とこちらも小声で返した。
こちらも本人が知っているかどうかもわからない状態で他人の私が人事情報を知るわけにはいかない。
他の人の目も耳もあるし主任とそれ以上の会話はせず私も自分の荷物を手にした。
「では私も帰りますね」
「ええ。お疲れ様でした。小池さんだけじゃなく、私にもいつでも連絡していいのよ?」
主任の心配そうな顔にありがたいと思いながら「困ったときには頼ります」と微笑みを返した。
帰りの地下鉄の中でずっと悩んでいた。
緒方さんに仕事が終わったら電話が欲しいとメッセージを入れるのはいいけれど、電話をもらってもどう切り出していいかということだ。
私は緒方さんから転勤の話なんて聞いたことはないけれど、エリートコースの人たちの多くが出世に地方勤務ありきだということならいずれはと緒方さんだって覚悟しているってことだろう。
内示前だけど、緒方さんが知っている可能性がないとは言えない。
でももし知らなかったら?ぐるぐると思考が回る。
結局メッセージを入れたのは夜10時を過ぎてからだった。
メッセージを打つのにもドキドキして手が震えそうだったのだけど、彼からすぐに電話がかかってきた。
『望海が連絡欲しいなんて珍しいけど、何かあった?』
「今大丈夫?もう仕事は終わってる?」
『いや、まだ途中なんだ。ちょっと抜け出してきた』
「まだ仕事中だったのね。だったらいいの、急ぐ用事じゃないし。ーーちょっと声が聞きたかっただけ。ごめんね」
仕事中だと聞いてスッと頭が冷え冷静になった。
まだ仕事中なのに転勤の話をするわけにはいかない。
どう切り出していいかもよくわからないし、話をするのは緒方さんが戻ってからにしよう。