シークレットの標的(ターゲット)
『どうした?何かあったんじゃないのか?』

「ううん、そんなことない。このところずっと一緒にいたから・・・5日も顔を見てなくてちょっと調子が狂ったというか・・・。日曜日の夜には帰ってくるんだよね」

『さみしい?』

「さみしいなんて・・・。あー、うんさみしいかな。とにかく調子狂う」

ズブズブに罠に嵌まっていたから1人で過ごす時間に違和感を覚える程度には緒方さんに依存していると思う。
数日の出張でこれなんだから、地方転勤になったらどうなることか。

『おー、望海にしては進歩したな。よかった、さみしいか』

からかうように、でも嬉しそうにはずんだ緒方さんの声。
電話の向こう側の緒方さんの顔が思い浮かぶよう。

『望海から連絡欲しいって言われて何かあったのかと心配になったけど、声が聞きたいなんてカワイイこと言われると、すぐにでも帰りたくなるな』

カワイイだなんて。
さすがにちょっと恥ずかしいじゃないか。

『日曜の帰りの時間が早ければそっちに寄る』

「ほんと?嬉しい待ってる」

『あーホントに今日は素直だな。でも、そろそろ戻らないといけない。後でまた電話する』

「ううん、いいの。もう大丈夫だから。お仕事頑張って。こっちは大丈夫。明後日楽しみにしてるから」

『そうか?土産は期待していいぞ』

「ふふ。楽しみにしてる。でもクッキー山盛りはもういいよ。じゃあ仕事中にごめんね。声を聞けて嬉しかった」

『ああ、お休み』

「おやすみなさい」


電話を切って膝を抱えた。
耳の奥にはまだ緒方さんの声が残っている。

あの色気のある低い声を電話で聞くとヤバいわ。生で聞くよりスマホをくっ付けた耳からダイレクトに脳内に入ってくる気がするのよね。

すっかり毒されちゃったなー。
知り合ってまだ数ヶ月だっていうのに。

ちょっと離れただけなのにさみしくて仕方がないとか。
今までの恋愛はなんだったんだろうと思わないでもない。
勿論あんないい男とプライベートで出会ったことはなかったけれど。

今振り返ってみると、緒方さんが私に執着する意味がわからなくて避けてしまっていた時間がもったいなかった。

なんだかんだと私を騙していたのはアレだけど、
考えてみたら私と過ごすようになってからの緒方さんの言葉は一貫してる。

私のことが好き。
自分の近くにいて欲しい。

今は私の気持ちも固まっている。

彼のことが好き。
彼の近くにいたい。

彼はエリートなんだから地方転勤は仕方ない。
決まってしまったら遠距離は辛いけど、とにかく頑張ってみる。
それでも辛かったら彼の近くに行けばいい。
幸い、私には手に職がある。
彼の近くで仕事を探し、彼の近くで暮らせばいいのだ。

うん、いろいろ勝手に気を回して考えても仕方ない。
シンプルにいこう。

だってもう関係を切るだなんて考えられないところまで好きになってしまっている。

日本国内ならどうにでもなる。
大事なのは必要以上の我慢をしないこと、気持ちを伝え合うこと、気持ちが離れないこと。

残念ながら自分の両親とはうまくいかなかったけれど、彼とはいい関係をキープしたい。

よし!
さ、もうねようっと。
明日と明後日、この二日間を乗り切れば緒方さんが帰ってくる。
明日は部屋の掃除して、カーテンも洗ってしまおう。
古い雑誌や衣類も整理して身の回りもすっきりさせてしまおう。


ぐだぐだと考えることをやめたら胸のざらつきも収まりすぐに睡魔がやってきた。

単純なので。


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