シークレットの標的(ターゲット)
プチ断捨離をはじめると、これはもういい、こっちも荷物になるからいらない、これは保管にスペースをとるからもうやめにしよう、と気が付いたら処分する物だらけになってしまった。
ゴミをためておいたわけじゃないんだけど、その気になれば荷物って減らせるんだな。
すっかり片付いたクローゼットを見て、荷物が減ると引っ越しも楽になるわと思った自分に苦笑する。
なんだ、すっかりついていく気になってるじゃないの。
無意識に引っ越すことを考えている自分に恥ずかしくなる。
昨日は絶望しそうになったのに。
勝手についていく気になってるけど、肝心の緒方さんに断わられたらどうするんだか。
1人笑いしながら冷蔵庫の扉を開ける。
「今日は片付けも頑張ったし、もう飲んじゃおっかなぁ」
冷えた缶ビールに口を付け一気飲み。
ごきゅごきゅっと喉が鳴りアルコールが胃に染みわたる。
「あー、うまっ」
ビールを飲みながら枝豆をゆで、作り置きしていた野菜のマリネとチーズをつまむと嬉しくなってくる。
明日には緒方さんが帰ってくるし。
明日会ったら何から話そうか。
作ってあげたい料理がある。一緒に食べに行きたいお店がある。
行ってみたい郊外のスーパーがある。
休日に連れて行ってと私が言ったら、
私のアパートの部屋の合鍵を渡したら、
そして、長期休みにはどこか一緒に旅行に行きたいって言ったら、
ーー緒方さんはどんな顔をするかな。
ひとりニマニマしながら2本目の缶ビールを開けた。
辛子高菜のおにぎりを頬張りながら3本目の缶ビールを開けようとしたらエントランスのインターホンが鳴った。
こんな時間に誰だろう。
今日は誰とも約束していないし宅配便の配送予定もない。
「はい」
警戒しながら受話器を上げると
「あー俺、開けて」
画面に映るのは確かに緒方さんの姿で急いでオートロックの解除ボタンを押した。
な、なんで?
帰ってくるのは明日の夜のはず。
いきなりの来訪に動揺しながら玄関に向かうとすぐに玄関のインターホンが鳴りドアを開けると、スーツ姿の緒方さんが立っていた。
「ただいま」
「お、おかえり」
「ひとり?部屋、あがっていいか?」
「うん?勿論ひとりだけど?どうぞ、上がって?」
サンキューと言いながら緒方さんはさっさと靴を脱いで部屋の奥に入ってきた。
ひとり暮らしなんだからひとりに決まってるけど。なぜ確認されたのかわからない。まさか付き合って早々に浮気を疑われたのではないと思うけど。
「晩酌中だったのか、悪かったな」
うわ。
テーブルに並んだ空き缶と手抜きのようなつまみにしていた料理をがっつりと見られて恥ずかしい。
「今日はプチ断捨離した自分へのご褒美してたの。緒方さんも飲む?夕飯はもう食べた?」
「じゃあ俺にもビール。食事はまだだけど、急に来て作らせるのも悪いからどこかに食べに行くか?」
「いいよ、いいよ。たいしたものは作れないけど、それでよかったら作るから一緒に食べよう。出張帰りで疲れてるでしょ、ビール飲んで待ってって。すぐ作るし。あ、それともシャワー浴びる?」
部屋の端に荷物を置いた彼はネクタイを緩めワイシャツの首素のボタンを外しているところだ。
いつもパリッとしている彼にしては珍しく疲労が顔に表れている。
「ああ、とりあえずビールもらっていいか」
うんと返事をして冷蔵庫の缶ビールを取りに行く。
空きっ腹にアルコールはよくないから私も食べた作り置きしてあるマリネとスモークチーズ、オリーブを添えてリビングのテーブルに置いた。