シークレットの標的(ターゲット)
何にも知らないくせに・・・って、うぷっ。
興奮したら、気持ち悪いーーー

「すみません、運転手さん止めてください。・・・気持ち悪いのでここで降ります」
「は、はいっ」

タクシーもシートを汚されたら困るだろう。運転手さんはすぐに車を止め、ドアを開けてくれた。

「わたし、ここで失礼します」
転がるようにタクシーを降りて歩道のガードレールにしがみつくと、なぜか緒方さんまで降りてきた。

「緒方さんは乗って帰ってください。私はひとりで大丈夫ですから」
言いながらくらっとする。

「放っておけるわけ無いだろ。ここからならうちが近い。行くぞ」

とんでもない、この場合、図々しく付いていったら私が緒方さんを食おうとしてると言われかねない。

「本当に放っておいてよ。食ったとか食われたとか、冗談じゃないわ」

緒方さんはちっと小さく舌打ちをした。
「タクシーはもう行っちゃったから。とにかく、落ち着くまで別の場所で休んだ方がいい。ここはあまり治安がよくないんだ」

そう言われて辺りを見回すと、深夜営業の飲食店と共にピンク色のネオンのお店もちらほらと並んでいる。

「君のこと持ち帰ろうとか思ってるわけじゃないし、君に食われるとも思ってないから。言い方が悪かったことは認める。このままここに君を置いて帰ったら後悔することになる。頼むからうちでちょっと休んで行ってくれ」

言われた通り治安に不安があったこともあって態度の変わった緒方さんに戸惑いながらもこの場は従うべきだとこくりと頷いた。

緒方さんはほっとした様子で「5分くらい歩けるか」と聞いてきた。

「ゆっくりとなら」
「わかった。途中で気分が悪くなったら遠慮しないで言ってくれ」

ハンドバックを取り上げられ腕に掴まるように言われる。
もう抵抗するのがめんどくさくなって素直に従った。

見た目よりがっちりとした腕に自分の腕を絡ませ、つかまるようにして歩いていく。
うん、確かに自分ひとりで歩くより楽だ。
外気に晒されているせいか吐き気も少し楽になってきている。

「そこの角を曲がったところだから、もう少し頑張れ」

頷いておとなしく従う。
大通りから離れると一転して静かな住宅街へと景色が変わった。

緒方さんのお部屋に着いたら、冷たいお水をいただいて少し休ませてもらえば大丈夫だと思う。

「着いたぞ」

エレベーターに乗せられて緒方さんの部屋に案内された。
狭い1DKの私の部屋と比較してはいけないけれど、ここは1LDKの広い間取りのお部屋で、同じ会社に勤めているはずなのにそこには大きな給料の壁を感じる。

ソファーも大きく座り心地がいい。

「トイレと洗面所はあっち。自由に使っていいから」

そう言って緒方さんはキッチンから冷えたミネラルウォーターを私に手渡し、寝室と思われる部屋に消えた。

冷たいお水を飲み込み喉も胃もすっきりとしてきた。
ふうっと息を吐くと、酔ってドキドキしていた心臓も落ち着いてくる。
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