シークレットの標的(ターゲット)


「・・・地球の裏側はともかく、転勤の話が本当なら緒方さんの口から教えてもらってもいいかな。私はその雀ちゃんが緒方さんが転勤になるって人事部長と専務が話をしていたのを聞いたってことしか知らないから」

「そうだな。間違った情報ですれ違いが起きないように伝えるべきだ。でも、誤解しないで欲しい。俺も望海に隠していたんじゃないから。そんな話が出ているのは事実だけど、まだいつからとかどこにって決まった話じゃないんだ。俺はここ数年間ほとんど日本に落ち着くことなく極秘の業務に就いていた。だからありがたいことに地方のどこにいつから勤務になるかをある程度選ばせてもらえる」

そっか。
転勤することは既定路線で確定事項だってことなんだ。

「で、緒方さんはいつからどこに希望を出すつもりなの」

私の問いかけに緒方さん真顔になった。

「望海、俺の奥さんになって一緒に行かないか」

え?
驚きすぎて声が出ない。
奥さん?
奥さんって言った?

「俺の希望は九州支社か北海道支社。どっちも俺がやってた仕事に関係してるところだ。九州支社は博多にあって北海道は札幌。どっちも食べ物がうまいところだろう?北海道なら望海のおばあさんちにもすぐ顔を出せるし、望海の友人もいるだろうからさみしくないよな。後は仙台支社って手もある。そこには俺の先輩がいて面白そうなプロジェクトをやっているらしいし興味がある。どう?」

「ど、どうってーーー」

そんな今夜なに食べる?みたいな言い方で大事な返事が出来るはずはない。

「俺にとって大事なのは望海なんだ。だから常務にお願いをした。ーー望海が希望したら一緒に異動させて欲しいと」

「異動?私も?」

そんなこと出来るはずがない。
総合職の人たちと違って専門職に転勤はない。

「雇用条件とか今まで前例がないことも知ってる。でも、俺は望海を連れて行きたいし、望海が今の仕事を辞めないで済む道を作りたい。そう言ったら常務は了承してくれたよ。望海には例のスパイの件で迷惑かけたし医療職も希望があれば転勤してもいいんじゃないかって」

「そんなことが可能なの」

「ーーーーただ条件がひとつ」

条件?と緒方さんに目で問いかけると彼の手が伸びてきて私の頬に触れその瞳が愛おしげに緩む。

「望海と俺の結婚が条件だと。だが、俺はそんな条件がなくても望海と結婚したい。精神的な繋がりだけじゃなくて公的にも望海と繋がりたい。家族になりたい。だから結婚もしてくれ」

瞬きも忘れて緒方さんの顔を見つめる。

信じられない言葉に束の間呼吸も忘れてしまったかも。

「ずっと、これからずっと一緒に暮らそう。一緒にいろんなところに行って美味しいものを食べたり、いろんなことがしたい。家族を増やすのもいいな。ちょっとした出張はこれからもあると思う。でも、帰ってくる場所は望海がいるところがいい」

改めて告げられた言葉に思わず涙がポロリとこぼれてしまった。

こくりと頷くとすぐに強い力で抱きしめられる。慣れた香りと彼の身体から感じるぬくもりに自分の身体の奥底から何か切ないものが込み上げてきてまた涙がこぼれ落ちていく。

知り合ってからの日は浅いけれど、この人と一緒にこの先過ごしていきたいと強く思う。

悪いことは考えたくないけれど、万が一うまくいかなくて別の道を歩くことになってもこの選択を後悔しない。
長く付き合ってもうまくいかない夫婦もいるし出会ったその日にプロポーズして添い遂げる人だっている。

絶対大丈夫だなんて保証はないけれど、彼はきっと私を大事にしてくれる。私も彼を大事にしたい。同じ場所で同じ時を過ごしたい。


「ずっと一緒にいてね」
「ああ、約束する」

「私のこと好き?」
「もちろん、望海の予想を遙かに超えるほど愛してる」

「嬉しい」
彼の背中に回した腕に力を込めてぎゅううと抱きつく。

「私も大好き」

まだ恥ずかしくて愛してるとは言えないけれど、精一杯の大好きを伝える。

返される言葉の代わりに甘いキスが落ちてきた。



「逃げるのなら今だぞ」

そう言って不敵な笑みを浮かべる男。

逃げないとわかっててそんなことを言う。

なんてイヤなヤツ。


「絶対に逃げないし、逃がさないわよ」



知っているのに逃げない私は世界一の幸せな女ーーー







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