シークレットの標的(ターゲット)
「ごめんなさい、ごめんなさい」

調子に乗って言い過ぎた。
緒方さんを怒らせてしまったことで酔いが覚めたように身体がひんやり凍り付いていた。

「緒方さんみたいなイケメンのお相手は一般人レベルの底辺にいる私じゃ絶対無理です」

ぷっ。
隣で吹き出すような声が聞こえたと思ったらーーー

あははははは

顔を上げると緒方さんがお腹を抱えて笑っていた。
薄ら目尻には涙が浮かぶほど笑ってるーーー

くうううううー。
「か、からかったんですかっ」

こっちは真剣に焦ったんだぞ。

「もちろん冗談。ああー、久しぶりに大笑いしたな」
未だにひーひーとひき笑いをしてる緒方さんを睨んでやる。

「まあ、君だって酷い言い方だったんだからおあいこって事で」

頭のてっぺんをポンとされて思わずドキッとする。
イケメンの頭ぽんヤバイ。

緒方さんは密着するように座っていた所から一人分離れて座り直してくれた。
物理的距離が離れてほっとする。

「どうやら酔いは多少覚めたみたいだな。吐き気はどうだ?」

「あ、そういえば吐き気はないです。あれ、ただの乗り物酔いだったのかも」

「そんなはずあるか。森山もそうだったけど、あの店で相当飲んでただろうが。他の客や店員まで巻き込んで」
緒方さんはまたぷっと吹き出した。

あれ、
緒方さんって意外に笑いの沸点が低くて明るい人なのかも?
今まで不機嫌な表情しか見たことなかったから、怖い人だと思っていたけど。

「そういえば、緒方さんもあの店の常連さんなんですか?」

森山君は知り合いのお店だと言って連れて行ってくれたあのお店。
おしゃれな居酒屋だった。
一階は東西に分かれていて東側は半個室フロア、西側は大テーブルと鉄板焼きも楽しめるカウンターがあるオープンなフロア。そこから数段下った半地下フロアにはこたつ付きの個室があるらしい。

お料理は創作料理ってことでいろいろな味が楽しめるようだった。
残念ながら飲みがメインでお料理はあまり楽しんでいないが。

「森山にあの店を紹介したのは俺なんだ。たまたま飯を食いに行ったら君たちがいたってわけ」

ああ、そういうことですか。

「今度はアルコールだけじゃなくて料理を目的にして行くといいよ。寒くなったら奥のこたつ席で鍋も美味いぞ」

「こたつでお鍋!」
「そう。こたつで鍋」

「石狩鍋や牡蠣の土手鍋、水炊きも美味い」

聞いているだけで魅力的。寒くなったらお邪魔しよう。

「緒方さんは海外生活が長いから日本の食事が恋しくなりませんか?」
「そうなんだよ。ここ数年は特に食糧事情が悪い地域に行くことが多いからね、日本にいる間は食事にこだわってしまうよ」

はー、なるほどね。
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