シークレットの標的(ターゲット)
お互いの誤解も解けたところで、そろそろ帰ろうかな。
スマホのタクシーアプリを使えばタクシーを呼べるはずだし、とスマホを取り出そうとしたら

ぐうぅぅーー

お腹が鳴った。

ひゃあ~
何もこんなタイミングでお腹が鳴らなくてもいいのに。

私は再び真っ赤になった。
また笑われちゃう。

「ん、大島さんも小腹が空いた?俺もなんだよ。せっかくだからちょっと付き合ってよ。簡単なものしかないけどさ」

え?と顔を上げたらもう緒方さんはキッチンに向かっていた。

冷蔵庫を開けながら「食物アレルギーはないか?」と聞かれ
反射的に「ありませんっ」と答えてしまう。

これってご馳走になる流れになってない?

「あの、緒方さん」立ち上がって声を掛けると、
「いいから座ってろよ。たいしたものは出せないし手伝いもいらないから」
拒否もしづらくなり、しおしおとおとなしくソファーに戻った。

こんなことをしてもらってもいいのかな、相手は新御三家と噂される(先週草刈先生と松平主任が言っていた)海事の緒方さんなんだけど。

緊張して喉が渇いてきてミネラルウォーターをまた口に運んだ。
待っている間に部屋の中をぐるりと見てしまう。

生活感のないシンプルな家具。
一年のうち大半を海外で過ごしていたらこうなるか。

・・・女性が一緒に住んでいるって事もないみたい。



「はい、お待たせ」

目の前に出てきたのは

「鯛茶漬け!」

すごい。
鯛茶漬けに野沢菜としば漬つき。
ネギも海苔も散らされていてなんて本格的な。

思わず、まじまじと緒方さんを見つめてしまう。
えーっと、仕事ができて、高収入、イケメン、高身長、思ったより性格も悪くなくて、その上料理もできるとか。パーフェクトか。

「見てないで食べたらどうだ」

「あ、ハイそうですね」

いただきます、と両手を合わせてからお箸を手に取った。
お出汁の香りもいりごまの香りも食欲をそそる。
ゴクンと汁を飲み込めば温かさにほっとする。
鯛はしっかりと下味がしみていて・・・

「もしかしてこれ昼間のうちに下ごしらえをしておいたんですか?」

「んな訳あるか。そこまで自炊料理にこだわりはない」

「え、でもこれーー」

「冷凍だ。先週帰国してから親戚が送ってきたものだ。俺はそれを使っただけ」

そうなんだ。
でも、ネギを刻んで乗せたり、綺麗に盛り付けてあることからわかるのはこういうことになれてるって事。

「すごく美味しいです。それに身体が温まって幸せな気持ちになってきました」

美味しいものは正義であり、神だ。
思わず頬も緩むし肩の力も緩んでしまう。

「そうか、そうか。ならそれを食べ終わったらデザートも食べるか?貰い物のチョコレートケーキがある。俺は甘いものは嫌いじゃないけど、そう好きでもないから君が食べないと余らせてゴミ箱に行くことになるんだが」

「だったら是非、いただきます」
即答してしまった。
食べ物をムダにはできないし。
緒方さんがもらったものなら高級品に違いない、是非味見がしたいと意地汚く考えてしまったということもある。

「よかった。今持ってくるから寛いでいるといい」

すっかり機嫌がよくなった様子の緒方さんがキッチンに向かっていった。
気のせいか薄笑いしていたような気がするけど、気のせいかもしれない。

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