シークレットの標的(ターゲット)
「ごちそうさまでした。大変お世話になりました。帰ります」

いろんな意味で疲れた身体を奮い立たせて立ち上がると、
「車で送ってやるからちょっと待てよ。その後、飯でも食いに行こうぜ」
緒方さんも一緒に立ち上がった。

「いえいえ、とんでもない。これ以上ご迷惑はかけられません」

「本当はこのままランチに連れて行きたいけど、女性はメイクとか服とか気にするんだろ。ランチじゃなくて夕飯でいいよ。夕方迎えに行くから支度しとけ」

ひぃ。
夕食?!
マジ無理です。
これ以上一緒にいられません。

「いいえ、送っていただかなくて結構ですし、夕食も遠慮させていただきます」

「なんだよ、冷たいな。食事くらい一緒にしようぜ」

「いえ、本当にーー」
わたしが断りの言葉を口にすると、彼がちぇっとふてくされたような舌打ちをした。

「まあ、仕方ないな。今日はいいや。とりあえず送る。着替えるからちょっと待ってろ」

そう言って寝室に入っていった彼。
本当にもうキャパオーバー。
ちょっと一人になって冷静に、ホントに冷静に色々考えたい。

そうだ、今、逃げよう。

「緒方さん、お邪魔しましたっ。一人で帰りますっ!」

寝室に向かって大声で叫ぶと、リビングの片隅に放置されていたバッグをひっつかんでリビングから出ると、後は一気にダッシュ。

パンプスを履いて玄関を飛び出すと、通路を走りエレベーターのボタンを連打。
幸いすぐにエレベーターが来て閉まるボタンをまた連打。
エントランスに到着して飛び出した。

駅はどっちだっけ。
いいや、とりあえず走ろう。

適当に走っていると正面からバスが来るのが見え、すぐそこにあったバス停から乗って一息ついた。

ああ・・・疲れた。
久しぶりにパンプスで走ったこともそうだけど、緒方さんとのやりとりに精神的な何かを吸い取られた気がする。

追加の赤ワインに酔った挙げ句、緒方さんのフェロモンにやられてイタシてしまった自分のアホさに頭が痛い。

でも、まあお互い初めての相手ってわけじゃないし、世間一般ではそういうことだってあるだろう。
勿論わたしにはそんな遊んだ経験は無いけど。

問題は相手が社内の人間だってことだけ。
ただ、今まで接点がなかったのだから今後も接点はないはずってことが救いだ。

あちらは女性に不自由していないし、私はつきまとうようなことはしないし。

あと、気になるのは後輩の意中の男性に手を出してしまったってことくらい。
そこはちょっと申し訳ないけれど、緒方さんの方に小池さんに興味が無いのだからそれもご容赦して欲しい。
黙っていればわからないことだしね・・・・。


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