シークレットの標的(ターゲット)
小池さんはそんな緒方さんの背中を残念そうに見送りながら
「大島さん、まさかと思いますけど緒方さんと一緒に来たんですか?」
私の表情をうかがうようにして目を細めている。

「今そこで出会っただけよ」

一緒に来てはいない。間違いない。

「お二人って面識あったんですか?」

「なかったわよ、先週までは。小池さんが海事に突撃したから顔見知りになっちゃったンでしょうが」

そうでなければこんなことになっていなかったかもしれない。
あれさえなければ、彼だって二次会で森山君と一緒にいた私のことを同じ会社の人間だと認識しなかっただろうし、間違いだって起きていなかったはずだ。

「あ、そうなんですね」
途端に小池さんの機嫌がよくなった。

「緒方さんってカッコイイと思いませんか?」
小池さんは夢見る乙女のような表情で緒方さんが消えた方向を見ている。

「整いすぎてて私はちょっと怖いかな」
ちょっと後ろめたい私は緒方さんの話はもうしたくない。

「そういえば、小池さん。先週のメタボ健康指導の報告書今日中に提出してね。提出してないの小池さんだけだから」

「はぁい・・・」

急にテンションが落ちた小池さんと一緒に会社のエントランスをくぐった。

緒方さんの話が続かなくてよかったーーー




ミーティングが終わり、メタボ指導のまとめをしていると、私のデスクの内線が鳴った。
今日は海外事業部のメンバーの海外赴任前と帰国後健診が数人入っているから検査補助が必要になったのだろう。

「検査補助に行ってきます」

周りに声をかけると小池さんが羨ましそうな目を向けてくる。
代わってあげたいけど仕方ない。
小池さんは当面の間、業務中海外事業部とは接触をしないようにと部長に言われているのだ。

「5名予定だったけど、人数が増えたから悪いけど手伝いよろしくね」
診察室横の検査フロアで松平主任と今日の検査当番の宮本さんが私を待っていた。

「問診と診察の補助は私が入るから、宮本さんと大島さんで採血、一般計測、視力、聴力お願いね」
今日の診察は草刈先生の当番日だった。
草刈先生はチェックが細かいからベテランの松平主任がついてくれると安心だ。

「これ、今日の健診メンバーです。フォルダーと採血ラベルも準備できてます。私、受付、一般計測と視力をするので大島さんは採血と聴力をお願いしてもいいですか」

「うん、了解しました。いつも通り採血後計測に回ってもらって、聴力検査で診察ね。」
宮本さんからファイルを受け取り、名簿を確認してーー手が止まった。

緒方凌雅の名前があるんだけど。

おそらく、検査人数が増えたというのはこの人のことか。

どうしてあれから私と彼の接点が増えているんだ。
ーーー不安だ。




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