シークレットの標的(ターゲット)

アクロスコーポレーションという大企業の中にある企業の診療所、社員の健康管理を行う部署に勤務する私。
産業医の先生の診療の補助だけじゃなくデスクワークも多く毎日忙しい。



「大島さーん、海事の東さん、さっき今日の午前予定のワクチン接種、明日に変更して欲しいって連絡ありました」

「了解。他に連絡事項は?」

「今年度の健診未受診社員のリストアップは終わってます」

「後で保健指導のスケジュール確認お願いします」

「禁煙補助プログラム参加者の事後アンケートの集計出てます」

「メンタル相談室からなんですけど…」

次々とスタッフから報告が入る。

事務スタッフと医療職に仕事を振り分け、更に自分が確認しなければいけないものに付箋を付けた。

これをいつも主任はやっていたんだ。改めて感じる主任のすごさ。

「松平主任、スーパーウーマンだったのね」

ぼそりと呟けば、

「勤続20年ですからね」

斜め前のデスクから少し含みを持たせた言葉が返ってきた。

松平主任は今日から勤続20年の特別休暇で一週間のお休みだ。

健康管理室は医療系資格保持者と事務スタッフで構成されていて、松平主任をはじめとする私たち医療系資格保持者は社内の他部署に異動はない。
そのため、退職しない限りメンバーが変わらない中で働くことになる。

斜め前のデスクにいる小池さんは病院を辞めここに就職したナースでまだ入社して1年目とまだ若く経験が浅い。
松平主任から見ると彼女の仕事の粗さが気になって仕方ないようだし、小池さんから見る松平主任は口煩いお局様的上司らしい。

まぁ、どっちの言い分も分かる私としては苦笑いに留めて無言を貫くしかない。


「小池さん、明日は海外赴任者の赴任前と帰国後健診が入っているからよろしくね」

「わかりました。そういえば、メールで健診をお願いしているのに3年も未受診の社員さんがいるのを松平主任の対応保留のファイルから見つけたんですけど、どうしますか?」

「え、3年も受けてないの?」

松平主任でも忘れることがあるんだ。忙しいから仕方ないかもしれないけど。

それにしても小池さん、松平主任の揚げ足をとりたかったのか、主任の休暇中にそんなファイルまで開いていたとは。

「どこの部署なの?」

「海外事業部です」

「海事なら海外長期出張とか…」

「でも、3年分ですよ。私その社員さんのこと調べましたけど、海外駐在員でもないし。健診義務どうなってるんですか。部長も直接本人に確認するようにって言ってました」

小池さんは既に健康管理部のトップである部長にこの事を報告していたらしい。
松平主任のことだから、何か事情があって保留しているのかもしれないのに。

「だから、私ちょっと海外事業部に行って来てもいいですか?」

ん?
今、小池さんが行くの?

「メールしても返信ないし、直接話をするのがいいと思うんです」
「ちょ、ちょっと待って」

そう言ったかと思うとすぐに席を立ち、止める間も無く行ってしまった。

普段からフットワークは軽い方だと思っていたけど、ちょっと不安になる。
松平主任が保留にした理由がわからない以上、主任の休暇が明けてから対応をするべき案件だと思う。
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