シークレットの標的(ターゲット)
「見せつけないでくださいよ」

さすがに小池さんがむっとした表情を隠さずにこちらをじろりと睨む。

「そうですか、そうですか。私きっかけで付き合っちゃったってことですか。残念です。わたし緒方さんのこと狙ってたのに」

小池さんが残念そうにわざとらしく唇をかんでみせる。

「だからもう俺に構うのはやめてくれるよね。俺も職場でそういうトラブルは困るし」

緒方さんは表情をひき締めて小池さんに返事を迫っている。
そこまで聞いて鈍い私もやっと理解した。

緒方さんは私を利用してつきまとっていた小池さんを諦めさせようという魂胆だということに。

それがわかった以上私もおとなしく口をつぐんだ。

「仕方ないですね。私も人のものを奪うのは抵抗あるんで。緒方さんの事は諦めてもいいです」

その言葉を聞いて隣に座る緒方さんから小さく息を吐く気配がした。
それは私も同様で、職場トラブルが解決することに安堵の息をついたのだけど、その後続いた言葉に固まった。

「私、将来の安定を求めてるんです。だからエリート街道まっしぐらの緒方さんと結婚したかったのに。諦める代わりに誰か将来有望なお友達を紹介してくれません?」

「ちょっと、小池さん」

その言い方はどうかと思う。
それでは緒方さんの人間性に惹かれたんじゃなくて将来性とかお金に惹かれたと言っているようなものだ。

「なんですかぁ。お説教とかやめて下さいね」

小池さんはむっつりとして手にしていたお茶碗を置いた。

「大島さんはいいですよね。こんないい物件ゲットして。全部わたしのおかげなんですから感謝してくれていいですよ。ですからお礼に緒方さんのお友達の優良物件紹介してください」

物件って・・・
恋をしていた相手をまるでモノ扱いする小池さんの態度に驚いて返す言葉がない。
おまけに友達を紹介して欲しいだなんて。

自分とまるで違う価値観に、この子とは理解し合えないと確信した。

「一体どうやって落としたんですか。シークレットさんですよ。いくら話をするきっかけがあったとしてもそこから交際に発展するなんて一目惚れでも無い限り・・・ってもしかしてお互い一目惚れですか?」

「ええ?!」

一目惚れとかそんなことがあるはずも無い。
それ以前に、そもそも付き合ってはいない。

「そのくらいにしてくれないか」

さっきよりも緒方さんの声がワントーン下がり、雰囲気の変わった緒方さんに小池さんも口をつぐんだ。

「こういうことは人に話すことじゃないと思わないか。詮索するなとうちの女子社員にも言ってある。キミと望海は同じ職場だから一応話したわけだけど、これ以上はーーね」

小池さんは渋々と頷き何も言い返さなかった。
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