シークレットの標的(ターゲット)
和やかに会話する3人を余所に隣に立つ男が私の腕を引っ張った。

「望海、帰るぞ」

「どうして私があなたと帰らなきゃいけないのよ。勝手なことばっかり言って」

掴まれた腕を振り払うとすぐに腕をとられ耳元に緒方さんの顔が近付く。

「今日診療室で勝手に付き合ってること匂わせたから怒ってるんだな。ごめん、悪かったよ。ああでもしないと君のところの小池とかいう女子社員もうちの部署の女の子たちも納得しないだろうと思って。俺、今月から本社に出勤する時間が増えるからさ。お互い虫除けしといた方がいいだろ」

「は」

何を言ってるんだ、この男は。
私に言っているようで実は草刈先生や松平主任に聞こえるように言っているのは明白だ。

・・・一夜の過ちを利用してこいつは本当に私のことを虫除けに使おうとしている。

ぎろりと緒方さんを睨みつけると、
「悪かったって」と反対の腕を伸ばして私の頭をひと撫でした。
途端にふんわりと感じた緒方さんの匂い。

この匂い、同じだ。あの夜感じた匂い・・・

覚えていないと思ったけれど、この匂いは覚えている。
自分のものではない他人の匂い。
でも、不快じゃない、何だか安心するような温かくてほっこりしてでも、ドキドキするみたいなーーお互いの体温と混ざって素肌に感じた温かさ。

え、
いま自分何を思いだした?
素肌に感じた温かさーーーってまんまエッチのときのこと?!

やだやだ、ばかばか、なんてことを思い出してるんだ、こんな時にっ。

全身に熱が上がってきて顔が羞恥に染まる。
自分でもわかる、耳まで真っ赤なはず。

「あれ、どうしたの?顔真っ赤にして。そんなに彼のお迎えが嬉しかったの?」

草刈先生にからかうように指摘されて私の熱は更に上昇する。
そうじゃないとも言えず黙って俯いた。

「そんなに喜んでもらうと俺も嬉しいな。じゃあコイツ連れて帰ります。皆さんお疲れ様でした」

緒方さんは嬉しそうな顔をしているが、それが演技だってことはわかっている。虫除け設定のための。

顔を赤くしてしまったのは明らかに私のミスだ。
それに一夜の過ちの話をお姉様たちに蒸し返されるのも困る。
とりあえずこの場はこのまま店を出るのが正解で、店を出たら別々に帰ればいいのだと心を決めた。

「お疲れ様でした」とぺこりと頭を下げて店を出ようとすると、「ああそうだわ」と草刈先生が声を上げた。

「キスマークはいいけど、噛むのはほどほどにしなさいよ」

げっ

ーーー呼吸止まりました。


< 39 / 144 >

この作品をシェア

pagetop