シークレットの標的(ターゲット)
私の不安は的中した。
海外事業部に乗り込んだ小池さんが肩を落として戻ってきたのだ。
出て行った時の勢いはなく、あちらで叱られでもしたのかちょっと顔色も悪いような。
「すみません。なんか、ここ数年特殊業務に関わっていたとかで海事の部長とうちの主任の預かり案件でした」
海外事業部にいったものの本人はちょうど席を外していて、代わりに対応に出たアシスタントに「その件はそちらの主任と話がついているはずですけど。きちんと確認しましたか」と強い調子で言われて戻ってきたのだという。
「やっぱり、主任に事情を聞いてから動くべきだったよね。とりあえず部長に報告に行ってきて」
やっぱり追いかけて止めるべきだった。
余分な仕事を増やしてくれた小池さんにため息が出そうになるところをぐっと堪えて、部長に報告に行くよう指示を出す。
万が一を考え、海事の部長から抗議が来る前に事の次第を報告しておかないと。そもそも部長も小池さんの背中を押すようなことを言っていたらしいから。
部長のデスクに向かう小池さんの背中を見送って、私は慣れない主任の代理業務に戻った。
それにしてもこれすごい仕事量だ。
松平主任はいつも普通の顔をしてこんなにこなしていたなんて。
自分の仕事量も少なくないと思っていた考えを改めなきゃいけない程の衝撃を受けていた。
松平主任って鉄人。
一心不乱に保健指導の個別プログラムの確認をしていると、席に戻っていた小池さんが徐にガタリと立ち上がり「緒方さんっ」と小さく声をあげた。
緒方さんって誰?
小池さんの視線の先を見ると、うちの部署のカウンター前に1人の男性が来ていて事務スタッフと何か話をしている。
すらりとした長い足にスーツがとても良く似合っている。
俯くようにして事務スタッフと話しているから顔はよくわからないけど、整っているような気がする---
すると、話をしていた二人が揃って医療スタッフのデスクが並ぶこちらを見た。
どうやら医療スタッフに用事があるらしい。
診療ならば隣の診療室に行くはずだけど、そうでないということは診療以外の用事なんだろう。
「わたし行ってきますね」
小池さんがそう言って嬉しそうにカウンターに向かって行った。
どんな用事だろう。
フォローを必要とする持病がある社員さん、メタボ指導や禁煙補助プログラムの参加者、メンタル相談など関わりのある社員さんなら記憶しているけれど、そのどれにも関係がないよう。
お顔に見覚えがない。
どっちみち小池さんが知っているのなら問題ないだろうとまたパソコン画面に視線を戻したのだけど。
「大島さん…すみません。カウンター対応お願いします」
対応に向かった小池さんが戻ってきて先ほどとは真逆の困ったような視線を私に向けている。
「どうしたの」
「さっきの海事の健診未受診者の件で…彼がご本人なんですけど…主任と話をしたいって。不在だって伝えたら代理でいいからって」
それって、さっきの件だよね。
小池さんの顔色を見る限り、えーと、それはもしかして本人による事情説明っていうより抗議でここに来たのだろう。
事態は私が思っているよりも悪いってことだ。
もう一度カウンターに目を向けると、遠目にも男性の厳しい表情が見てとれる。
はい、抗議決定。
「わかりました。行きます」
すぐに立ち上がりカウンターに向かった。
はあ、初日からついてない。
背後から小池さんもついてきているけれど、この子あちらできちんと謝ってきたのかな。
海外事業部に乗り込んだ小池さんが肩を落として戻ってきたのだ。
出て行った時の勢いはなく、あちらで叱られでもしたのかちょっと顔色も悪いような。
「すみません。なんか、ここ数年特殊業務に関わっていたとかで海事の部長とうちの主任の預かり案件でした」
海外事業部にいったものの本人はちょうど席を外していて、代わりに対応に出たアシスタントに「その件はそちらの主任と話がついているはずですけど。きちんと確認しましたか」と強い調子で言われて戻ってきたのだという。
「やっぱり、主任に事情を聞いてから動くべきだったよね。とりあえず部長に報告に行ってきて」
やっぱり追いかけて止めるべきだった。
余分な仕事を増やしてくれた小池さんにため息が出そうになるところをぐっと堪えて、部長に報告に行くよう指示を出す。
万が一を考え、海事の部長から抗議が来る前に事の次第を報告しておかないと。そもそも部長も小池さんの背中を押すようなことを言っていたらしいから。
部長のデスクに向かう小池さんの背中を見送って、私は慣れない主任の代理業務に戻った。
それにしてもこれすごい仕事量だ。
松平主任はいつも普通の顔をしてこんなにこなしていたなんて。
自分の仕事量も少なくないと思っていた考えを改めなきゃいけない程の衝撃を受けていた。
松平主任って鉄人。
一心不乱に保健指導の個別プログラムの確認をしていると、席に戻っていた小池さんが徐にガタリと立ち上がり「緒方さんっ」と小さく声をあげた。
緒方さんって誰?
小池さんの視線の先を見ると、うちの部署のカウンター前に1人の男性が来ていて事務スタッフと何か話をしている。
すらりとした長い足にスーツがとても良く似合っている。
俯くようにして事務スタッフと話しているから顔はよくわからないけど、整っているような気がする---
すると、話をしていた二人が揃って医療スタッフのデスクが並ぶこちらを見た。
どうやら医療スタッフに用事があるらしい。
診療ならば隣の診療室に行くはずだけど、そうでないということは診療以外の用事なんだろう。
「わたし行ってきますね」
小池さんがそう言って嬉しそうにカウンターに向かって行った。
どんな用事だろう。
フォローを必要とする持病がある社員さん、メタボ指導や禁煙補助プログラムの参加者、メンタル相談など関わりのある社員さんなら記憶しているけれど、そのどれにも関係がないよう。
お顔に見覚えがない。
どっちみち小池さんが知っているのなら問題ないだろうとまたパソコン画面に視線を戻したのだけど。
「大島さん…すみません。カウンター対応お願いします」
対応に向かった小池さんが戻ってきて先ほどとは真逆の困ったような視線を私に向けている。
「どうしたの」
「さっきの海事の健診未受診者の件で…彼がご本人なんですけど…主任と話をしたいって。不在だって伝えたら代理でいいからって」
それって、さっきの件だよね。
小池さんの顔色を見る限り、えーと、それはもしかして本人による事情説明っていうより抗議でここに来たのだろう。
事態は私が思っているよりも悪いってことだ。
もう一度カウンターに目を向けると、遠目にも男性の厳しい表情が見てとれる。
はい、抗議決定。
「わかりました。行きます」
すぐに立ち上がりカウンターに向かった。
はあ、初日からついてない。
背後から小池さんもついてきているけれど、この子あちらできちんと謝ってきたのかな。