シークレットの標的(ターゲット)
「伯父さんっ!」

案の定、松平主任が血相を変えて奥のデスクから飛び出してきた。

伯父さんって・・・ってことはもしかして親戚?

え、嘘でしょ。
でも、いま松平主任が神田部長を「伯父さん」って言ったし。
まさか、伯父と姪?

いや、似てない。
似てないぞ。
どこのパーツも。

でも、この親し気な様子は親戚みたいだし。
まさか。


「もうっ、職場では名前で呼ばないでって言ったでしょ」

松平主任が常務の腕を引っ張り壁際に連れて行って文句を言うと常務はぷんっと口を尖らせた。

常務がそんな仕草をすると余計に信楽焼のタヌキの焼き物のお顔にーーーぐっ、笑っちゃいけない。

耐えろ、ぐぐぐぐ、耐えるんだ。

思わずぐふっと吹き出しそうになったが、すんでのところで耐えた。

「今日は何の用事なの」

主任は常務に対しきつい口調で責めるように早く用事を言えと迫っている。
何だか昨日から主任の違う一面を見ているんだけど、本来こんないろんな表情をする人だったんだ。

「冷たいなあ。昔は伯父さんと結婚するって言ってたのにーーー」

タヌキがさらに唇を尖らせる。

「幼い私が伯父さんと結婚したかったのはあの頃アライグマが好きだったからであって、将来的に伯父さんが信楽焼のタヌキになるとわかってたらそんなこと言わなかったわよっ」

アライグマからーー信楽焼のタヌキってーーー

堪えきれずぐっと喉奥で変な音を出してしまうと、隣の男も何かを堪える顔をしていた。

常務と主任の関係は気になるけれど、大惨事になる前にこの場を去りたい。
やばい、やばい、笑いがこみあげてくる。

その思いが緒方さんに伝わったらしく
「では常務、俺たちは失礼します」と声を出してくれた。

「うん、お疲れ様。明日からの出張も頼んだよ」とタヌキがひらひらと手を振って解放してくれた。

松平主任も私たちに「お疲れ様でした」と微妙な笑顔で返事をしてくれた。

「お先に失礼いたします」

お辞儀をしてそそくさとフロアから出て深呼吸した。
セーフ。

「もう少しで吹き出すところだったよ」

「私もですよ。あの常務の表情は反則です」

「おまけに昔はアライグマだったとか。アライグマって成長すると信楽焼のタヌキに進化するんだな」

進化・・・グフっとまた喉の奥に笑いがこみあげてくる。
近くで常務を見たのは初めてだけど、本当にかわいらしいお顔をしていた。

そのうえ、あの表情は反則だ。
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