シークレットの標的(ターゲット)
「じゃあ、俺たちも行くか」

ん?行くってどこに。
そういえば、緒方さんの手は私の腰に回ったまま。

診療室のあるこのフロアは他のフロアと違って人通りは少ないのだけれど、誰もいないわけじゃない。

「緒方さん、この手を離してください。おかげで常務にも完全に誤解されちゃったじゃないですか」

「望海が逃げないと約束してくれるなら離してもいいけど」

「今日は逃げませんよ。とりあえず、どうやら緒方さんとは一度しっかり話をした方がいいみたいですし」

超絶不機嫌な顔をすると、緒方さんは不敵な笑みを浮かべ「了解」と手を離してくれた。

腕が離れたことで腰回りがやっとすっきりとした。
すっきりはしたけど、何だか物足りなくなったような不思議な気持ちにもなり、いやいやそんなはずはないと首を横に振った。

「さて、と」
挙動不審な私の行動には触れることなく緒方さんが私を伴い歩き出す。

「だったら、まずはメシに行こうぜ」

「私はご飯より話がしたいんですけど」

ご飯を食べている場合かとむっとしながら目を細めてやる。

「話ならメシを食いながらだってできるだろ。血糖値低いままの話し合いなんていいことないぞ」

緒方さんは私の目線の高さに合わせて少し背を丸め微笑んできた。

む。

「あれからうちの女子社員が俺と望海の関係を何と言ってたか知りたくない?」

むむ。

「あのパーティーの招待状を俺が持ってた理由とか」

むむむ。

「昨日俺が草刈先生のご主人と一緒にいた理由とか」

むむむむ。

「どうして電話番号が登録されていたのかとか疑問に思ってない?」

むむむむむ。

「ーーー驚くほど旨いふぐを安く食べられる店を知っているんだが」

「ご一緒しましょう」

はっ。思わず即答で同意してしまった。

自分の単純思考に呆れるけれど、これはもう料理人の親を持つ私の遺伝子がそうさせているのだと思う。

美味くて安いふぐなんて食べる一択でしかない。

「案内するよ」緒方さんが満足そうな笑みを浮かべ手慣れた様子でタクシーを停めた。


…美味しいふぐにつられたのは否定しない。


< 45 / 144 >

この作品をシェア

pagetop